2014.3.10寄稿
真央ちゃんに対しての森元首相の発言で忘れていた本を思い出して、本棚から出した.「『噂の真相』25年戦記1 」。
著者は岡留安則(おかどめやすのり)2004年3月黒字なのに休刊となった雑誌「噂の真相」元編集発行人.この間まで、「特定秘密保護法案」に関して色々な人が発言していたが、この人も「噂の真相」暴けなくなると題して発言している.曰く上記の休刊の理由の一つは「個人情報保護法」の施行でした」と。
2000年6月号の同志の特集は「サメの脳みそ」と「ノミの心臓」を持つ森喜朗”総理失格”の決定的人間性の証明」と題するもので、森が1958年早稲田の学生の時に、今の「売春防止法」の全身である「売春取締条例違反」で検挙されていたというスクープ。これで森はこけた。そのあと森は「日本は神の国」発言で物議をかもしてこれまたこけた(この時私は北海道新聞の「朝の食卓」欄の執筆者としてこれをとりあげたことがある)。ついで、森はハワイの実習船沈没事件の際も、ゴルフをやっていて止めず…で、又こけた。(こうなると 、真央ちゃんが大事な時にはこけるなぞとよく言えたものだと思うが、其の鈍感振りが、つまりは「サメの脳ミソ」なのだろう。)
さて、森は相次ぐスキャンダルを暴露されて業をにやし、(普通は業をにやすのは国民の方だと思うが)「 ”政治家スキャンダル防止法”ともいえる”個人情報保護法”の法制化を目論んだ」と岡留は言い、今回の「特定〜」は報道の自由に更に網をかける戦後最悪の悪法だと述べる。それにしても真央ちゃん鮮やかにかえしてたなあ。とここまで書いて、とは言え「サメの脳ミソ」とは「サメ」に失礼じゃないか.サメはほんとにそんなに頭悪かったかなあーと調べ直そうと思ったが我が家の第三書庫のサ行の棚14段の天辺にあって梯子を登らねば取り出せない。おまけにこの書庫暖房してない、で入ると今時期事らの頭が冷凍になる.よっってサメの頭はいずれの調書ということにして、次。
地方紙「室蘭民報」に平成元年から月2回連載している「本の話」の2007年(平成19年)11月11日の第483回で、私は金関丈夫の「お月さまいくつ2 」他4冊を出して「腋臭=わきが」の話しをした。金関は京大医学部出の解剖学者だが、考古学、人類学、民俗学をせんこうして、「南島の人類学的研究と弥生時代人の研究』とで昭和53年の朝日賞を受けた人、さてこの「お月さまいくつ』所収の「わきがと耳くそ」によると「西洋人の〜耳垢(くそ)は柔らかくてべとべとしたもの〜日本人の耳垢は一般に乾いたころころしたものー」とある...
でこの耳垢とわきがの関係を私は紹介したのだが、この耳垢についてはその前2005年(平成17年)3月20日の第414回でも私は、江戸中期の画家曽我蕭白(そがしょうはく)の描いたがま仙人が美人に耳かきをしてもらってにたついている絵と、幕末明治の画家、河鍋暁斎(かわなべぎょうさい)のダルマが同じく美人に耳かきしてもらってにたついている絵を紹介して耳かきの気持ちよさを語ったのだった。
しかしこの「耳かき」ヨーロッパでは誰もしない、するのは、インド、韓国などアジア圏のみとの小児耳鼻科医の見解を上野玲は自著「耳かきがしたい」(ジャイブ、1962年刊)¥1200+税で言う。耳垢の2種についてはかさかさは頭のフケと同じで、皮膚が剥がれ落ちたもの。これは「乾型」と呼び、日本及び東北アジアの8.9割の人がこれ、一方ねちゃねちゃ、ねばねばは、これがあれば耳に小虫やゴミが入った時に、粘ついて奥迄まで入らぬと言う利点があって、これが「湿型」で世界中の多くの人がこれ、この違いは遺伝子によるもので、2.3万年前に中国大陸の寒い所に住んで居た人にネバネバ型が出なくなって,,,云々の由。
とここまで書いて思い出したが、以前南しん坊が某紙の人生相談をしていて、或る日「我が家の亭主は耳かき大好き高じて、血だらけになってもやっていて、あげく耳かきやになりたいといってますが、どうしたもんでしょう」てな相談がきて、それにしてもこの世に「耳かき屋」なんて商売が有るものだろうか」と南が付け加えたのを読んで、私は直ぐに手紙を出した。「あります」と。戦後室蘭にも占領軍が来てジープで走り回っていた頃、浜町(いわゆるアーケード街)の東宝劇場(今の大平毛糸店の隣)の「もぎり」の前には一寸した空間が有り、そこで米兵が子供(大人も)の「give me アレコレ」に応じていたが、そこへ或る日忽然として三角錐の形をした小さなテントを建てて「耳かき屋」を始めた人がいたのだ。この人は祭りの仮装行列にも出る器用な人だった,,,てな事を書いて南に送ると、南のその後の文章では数人の人から耳かき屋は実在したとの知らせがあったと書いてあった。閑話休題。耳かきに限らず人間互いに触れ合うのは気持ちのいいものだ(と思う)最も相手によりけりだが(と思う)。可哀想な事件が「耳かき屋」で起きた。今あまりしないようだが、昔は「床屋」で散髪後耳かきをしてくれた。正しくかゆい所に手が届くで、時々痛い...とのスリルがあってーで…途中だがそう言えば川柳の方ではどうなっていたのかなあと昭和37年刊「艶句3 」を出してみた。
坂本篤という有名な粋人がやっていた有光書房の本で、破礼句(ばれく)の研究などで有名なこれ又粋な学者岡田甫の選で装釘が棟方志功という粋な本。書名の如く魂化風俗をテーマとした柳句を集めたもの.…で、中に「耳かき」があるかと思ったら,全3000句の中意外や一句のみ「耳かきが痒いところへ触れた顔」がそれではとこの書の前の「新川柳末摘花』(同じく有光書房、昭和32年刊)にあたるとこちらもたった1句「耳かきのくすぐったさを膝枕」のみ。もっとあったと思ったがなあーで話を元に戻して,42歳の男が耳かきに通っている中に,担当の21歳の店員に勝手にホレてしまい、情が通ぜ抜とて,女性本人と同居の祖母を殺して死刑を求刑せらるも、「思い悩んだ末の犯行」に反省を考慮してとて無期になった切ない人生の裁判記録がある。「秋葉原耳かき小町殺人事件4 」
ところで、現代中国、大学入試の過熱でカンニング用の無線イヤホン「米粒耳机」(何たるネーミング)が大売れーなのはいいが,耳奥に入り込み取れなくなるケースが続発だと。こうなると,耳鼻科医より、「耳かきエステ」の出番かもな。(と言ったら怒られるか)と書いて,これから,母恋北町 MURATAでの「耳かきコレクション600本」展示を見にいくつもり。