2016.2.寄稿
日本経済新聞の1月12日・16日と相次いで2人の文化人の死亡に関する文章が載った。読んで私は、片方に違和感を、片方に同感を抱いたが、そこをちょっぴり書いてみたい。
先ず1月12日の方は英文学者の加島祥造の死去を伝えての、ヘッドライン「老子の思想を詩で説く」なる短文。まず加島が2000年に出した「タオー老子」は、老子の「足るを知る」なる考え方を詩の形で翻訳したことで多くの指示を得たという。これについて加島自身、50代の終わりに、源氏物語を英訳したアーサー・ウェリーの英訳で老子を読んだところ、原文や訓読じゃ、さっぱり見当がつかなかった老子が、英訳を通して明快になった、と語っている。その頃加島は、自分自身もっと自由でいたいと願っていたのだが、老子の中にそれを見つけた。それは自由な心=インナー・フリーダム=内なる自由だ。それがぴったりと来たと言う。これはまあいい。そうだろうと思う。この後2007年に加島は「求めない」なる詩集を出し、これはベストセラーになる。
加島の老子訳の一つに「世の中が/生きるのに必要ないものまで/やたらに欲しがるから/みんな心がうわずってしまうんだ」というのがある。つまり老子は「足ることを知ることは富である」と言う・・・ので加島「老荘思想を、自分の生命に忠実に生きようとする積極的な姿勢と捉えていたという。この加島の姿が私に非常に偽善的に見える。要するにインチキ臭い・・・。実は私は、本欄の第「293」回(2010年2月)で、この加島が60歳頃、2児と妻を置いて16歳年下の女に恋して家出したものの、、、と書いたことがある。私の言いたいことは(言いたかったことは)、好き放題した脂っ気の多い人間が、肉体的精神的に枯れてしまったから、「求めない」なんて言うのは、「求めない」ではなくて「求めること不可能」であると言う「あきらめで」であって、そんな考え方に万人がかぶれる必要はないということだった(バックナンバーは、http://t-yamasita.info/で見ること可能)。言うまでもないが、日経子は加島を褒めているのであって、そこが私が違和感を感じた所だ。
逆に同感したもう一つの方は、1月16日の「欧州中心主義批判の先駆、トウルニエ氏逝く」なるヘッドラインで出た、現代フランス文学者ミシェル・トウルニエのこと。91歳で死んだこの作家を、日経子は「”ロビンソン・クルーソー”を下敷きにした長編小説、『フライデー、あるいは太平洋の冥界』で文壇にデビューした」と紹介する。
ところで、ここに高橋康雄の「ロビンソン・クルーソー本当の話・放浪の損得勘定1 」なる一書があって、その中に、先のトウルニエの作品について、(トウルニエの本は)「〜クルーソーよりもフライデー或いはフライデー的宇宙によってみちびかれる」と紹介する。つまり、クルーゾーが野蛮人と見做すフライデーが、逆に文明人(と自ら思っている)クルーゾーを教化していく訳で、今になってみれば当たり前の話だ。
この当たり前のことを書くトウルニエを私は好きになって、映画化されてジョン・マルコビッチが主演した「魔王」を読みも,観もした。とここまで書いて、私は書庫に入ってフランス文学の棚のトウルニエに当たってみたら。「精霊の風」やら「イデーの鏡2 」やらなんと11冊もあって、我ながらびっくりした。これでも翻訳されたものの全部ではない。
ミッテラン元大統領がこのトウルニエが好きで・・という話は有名だが・・・、日経子が短文を「〜豊かな物語性と、おおらかなユーモアをたたえた作品は親しみやすい。世界の読者に長く読み継がれるだろう」と結んだのは、気づかずに11冊も読んで来た私としては、同感できるというものだ。
ウイーンの画家グスタフ・クリムトに等身大の肖像画を注文すると、その代金は今のお金で1,000万円だった由。それを注文した一人に銀行家モーリッツ・バウワーの娘アデーレ・ブロッホ=バウワーがいて、出来た絵は金一色といってもいい位、金色に輝いている。
これナチスに没収されていたのを、戦後米国在住のアデールの姪が、裁判に訴えて取り戻す実話を映画化したのが「黄金のアデーレ・名画の帰還」で(姪役はヘレン・ミレン)、昨年11月に封切られたから、今DVDになるのを待っているところ。
ウイーン分離派と呼ばれる画家達・建築家達その他の芸術のパトロンとして有名なのは、ユダヤ人のカール・ウイトゲンシュタインで、彼の9人の末っ子が哲学者のルートビッヒ・ウイトゲンシュタイン(私の姪の旦那は埼玉大学で教えているが、彼の専門がこの哲学者だ)。兄のパウルは第一次大戦で右手を失ったピアニストで、ラヴェルに「左手のためのピアノ協奏曲」を依頼した人。この曲を、同じく右手がダメになって左手で弾くのは御存知・舘野泉。さてヒトラーは近代美術を毛嫌いしたが、その美術を担った多くのユダヤ芸術家と、彼らを支援したこれ又多くのユダヤ人(実業家)などの関わりを描いた見事な本が出た。圀府寺(こうでら)司の「ユダヤ人と近代美術(( 圀府寺司.ユダヤ人と近代美術.光文社新書(2016))) 」がそれ。全編ことごとく首肯(しゅこう=うなずく)させられた。久しぶりに読書の快感を味わった。いい本だ。
画家といえば、マネーの「画家モリゾーマネーの描いた美女ー名画に隠された秘密」をDVDで観た。面白くなく、主演のマリーヌ・デルテルムも美女ではないが、いい機会だから坂上佳子の「ベルト・モリゾ3 」(日本では初めての伝記)を出しておく。ベルトの像は何年か前、¥3,000の図書カードに刷られている。
天皇夫妻は、ご老体に耐えて国内外平和を訴えるかの行脚を重ねている。昔流に「国民は天皇の赤子)で言えば、長男の?アベは国内外で両親の善行を打ち消すかの如き悶着ばかり起こしている。何たる親不孝だろう「天皇陛下の全仕事4 」を読んで、その仕事の多さに驚く。正に激務だ。出来の悪い息子を持った親は大変だ。