第045回「知識は人生を楽しむための切符である」

`93.12.10寄稿

今年12月7日の朝日新聞紙上に、下の投書が載りました。「知りたい」という欲求と、其のための「本が欲しい」という欲求と「〜とは言うものの,,,中々買えぬ」とい言う悩みと結局は「入手する」という喜びとが交々(こもごも=かわるがわる)語られていて、一読共感すると同時に、溌溂(はつらつ)たる精神に驚嘆し、実に感動しました。

 

そして、姫路市、無職 80歳とあるからには、私の大好きな「万平先生」に違いない思いました。「万平先生って誰?」「何故大好きなの?」まあ次の文章を読んでみて下さい。

「知識を持つと言うことは、生活費を得る手段としてだけではない。人間として楽しく一生を送るための切符である。

直接パンにつながらないからと言って、知識を得るための本を買うのを止めるという手はない。」

下線を引いたのは私ですが、本好きにとって、「知の効用」をこれは度明快に説いた言葉は、そうないものではないでしょうか。本好きの私としては、この言葉だけで「万平先生が』好きになります。これは万平先生がプリニウスの「博物誌」が欲しくてとつおいつした時の気持ちを書いたものです。

先生は大学で「科学史」を講じていた時に、プリニウスの本を見たことすらないのに、ー「原書を見ることが出来ないからと言って、其の所を講義から省くようでは先生商売は成り立たない。自分で見たことがないからと言って話すのをやめたり、したことがない実験だからと言って話しからはずしては教壇上では一言も喋れなくなる。自分が見ようが見まいがしようが、しまいが、何でもかんでも学生の前で喋るのが先生である。思えば罪深い商売である。」と観念して、毎年プリニウスに言及して来ましたが。開き直ったとは言え、その都度忸怩(じくじ=恥じ入るさま)たるものがあったのでした。そこへ、古本屋に「博物誌」が出たのですから、先生は、教職を退いた今の身には必要はないと思いつつ、一大決心をして、プリニウスのために20数万円をはたきます。

こと程左様に、万平先生は本を買い、読み続けます。

“ しかし何としても欲しかった。おそらくこんなにまとまった本は、今後そんなに出るものではない。出費の傷はいつかは)いえる買わなかった恨みは、永久に残るであろう。「百科全書」のことを口にするたびに、持ち得なかった資料の弱身が心をさいなむであろう。買うべきである。これが一夜寝た後の結論であった。」(下線は山下)

これは「チャンブルス」の「百科全書」を買った時の文章です。さて、上に引いた文章が載っているのが「素人学者の古書探求1 」です。[tmkm-amazon]4490201915[/tmkm-amazon]

「ふとした事から日本の科学史に興味を持つようになった私は、ぼつぼつ関係の本を読んで行った。」結果で来たのがこの本です。

「科学史?」「物理学?」「うへっ、そりゃ歯がたたぬ」と最初から敬遠しては,まこと大きな楽しみを、あたら失う事になります。

「緒方洪庵と日本の物理学」と初めとする中味の面白さは勿論ですが,「知る事」への貪欲(どんよく)さと、その「知」をもたらす「本』は自分で所有すべきであるという、本好きに取っては鉄則と言うべき信念と,「本」への激しい愛情が,率直(そっちょく)に吐露(とろ=かくさずにに述べること)されていて、それが読むものの心を打ち,励まします。

さて,今年は約70冊の本を紹介してきましたが、かくも熾烈(しれつ=激しい)に知識欲が表現された本をあげる事で,今年の掉尾(とうび=最後)を飾る事が出来て,私も嬉しい限りです。

※ 我が大学の図書館は,12月1日より増改築のため移転中で机に向かう暇もありません。それで少しお休みを頂いて,次回は`94年1月28日といたします。

では早めながら良いお年を!!そして,新年も御愛読の程を!!

 

 

 

 

 

 

  1. 橋本万平.素人学者の古書探求。東京堂出版(1992) []

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