第105回 建築家石山修武の冒険と鏝絵

1986年に出た、建築家石山修武の「職人共和国だより_伊豆松崎町の冒険ー」は、実に面白い本でした。伊豆半島は西海岸にある、松崎町での「町づくり」にあたって、自ら参画、あれこれを設計した石山が、体験したことの一部始終を語ったほんです。

松崎は、観光地としては熱海や伊東などに大きな差を着けられていた小さな町ですが、「町づくり」となって、町長はじめ関係者は、果断(かだん=思い切って行うこと)に事を運びました。例えば、美術館を建てる、橋を架け替える、おまけに、野外劇場やら空中庭園までも作ってしまう、という具合にです。そして、その成果を、確か「芸術新潮」が(だったと思いますが)特集してみせました。見ると、すばらしい「町づくり」で、中でも、那賀川にかかる「ときわ大橋」を直して、「なまこ壁」欄干(らんかん=てすり)にし、桜と燕(つばめ)の鏝絵(こてえ)で飾り、橋のたもとには、時代色豊かな時計塔を置いた風景などは、背景の山を相まって、まるで、浮き世絵ながらの美しさでした。①1

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石山は、先の本の中で「本当はこの本を片手に松崎を訪ねてもらうのが一番だ」と書いていますが、私は、この言葉に誘われて石山の本と、雑誌の「特集号」とを持って松崎に行きました。しかし、満足は得られなかった、むしろ期待をうらぎられた感がしないではなかったのです。

どうしてか??松崎町の中心街は、町長の発案で、広告物、看板の類を全部規制してカラーコントロール(色彩を統一する)が行われたのですが、それに先立って「ときわ大橋通り」の商店街は見事なこと一つやっていました。

40軒余の店は、今までのバラバラの看板のかわりに、各家の「紋」を染めぬいた「ノレン」を店先にさげたのです。デザインしたのは本の装丁でも知られた平野甲賀です。

小振りな、同じ型の「ノレン」をさげた、これも小振りの店が、ズラリと並んだ様は、小意気な江戸の街並みが再現されたようで、写真で見る限り、それは美しいものでした。

ところが、行ってみると、一枚のノレンも見えません。魚屋(だったと思いますが)で聞いてみると、「店の前にあんなものをさげていたんじゃ、商売にならぬ」との返事です。

おまけに、「日曜日になって観光客が、ゾロゾロ来る時だけ出すんだ」と憎たらしいような言葉が続きました。その他にも、「町づくり」の途上ゆえの乱れが散見されました。

「来るのに10年早過ぎた」と言うのが私の感想であり、結論でした。それはそれとして、この町の美術館づくりには、全国から10数名の左官(左官=壁大工)が集まりました。

それは、この美術館が、「鏝絵(こてえ)」なるものを創始した、と言ってよい、「伊豆の長八」(本名、入江長八)という左官の作品を展示する、という全国にも類のないものだったからです。

因みに、「鏝絵」とは、漆喰(しっくい=壁塗りの材料)を塗った上に、鏝で風景や肖像などを描き出した絵装飾レリーフ(広辞苑)で、江戸から明治にかけて流行したものです。建築家、石山は、この美術館に、内外総塗り物仕上げ、

壁は白黒の市松模様のなまこ壁、ドームの天井には、漆喰レリーフの天像ETSと言った独特の設計をほどこし、名人気質の左官たちは、これを、はなやかに、実現しました。

さて、私が松崎を訪ねてから9年たった今、日本で初めての、鏝絵を集めた「鏝絵」ができました。東北から九州にかけて散在する鏝絵の中からとった代表的な作品98が収められています。

もちろん、伊豆の「長八美術館」にも触れています。絵画とも写真とも違う、そして 洒落れたような、見ようによっては野暮(やぼ)ったいような、不思議な力に魅せられます。

9年前には放置されていた、明治13年落成という、旧岩科学校も、平成5年には保存工事が終わり、国の重要文化財指定となった由で、ここにある見事な鶴の鏝絵も出ています。

「来るのに10年早過ぎた」と思ってから9年、もうそろそろ、松崎を再訪していいかもしれません。きっと、前回のような失望を味わらなくてもすむことでしょう。

つけたり1、「伊豆の長八美術館」へは、伊豆急下田駅からバス55分、松崎小学校前下車、徒歩10分午前9:00〜午後5:00まで(年中無休)

つけたり2、「鏝絵地図」では、北海道に鏝絵がないことになっていますが、室蘭市海岸町のある家の玄関上に、鏝絵とおぼしき女人像があります。雪と風がやんだら、行って確かめてきましょう。

つけたり3、下田の温泉でのこと。脱衣場に、下田でとれる魚の名前が沢山書いてあり、最後に「など」とあります、声をだして読んでいる小学生に「などって、どんな魚?」と聞くと、首をかしげ、丁度上がって来た父親に「お父さんなどって、どんな魚?」と聞きます。父親からきつい目でにらまれて参りました。子供をからかってはいけません。

  1. 石山修武.職人共和国だより_伊豆松崎町の冒険.晶文社(1986) []

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