第107回  凍土の共和国 

先頃、北朝鮮の(ファン)書記なるエライさんが、南朝鮮に亡命を希望して、北京の南朝鮮大使館に逃げ込むという事件が起きました。そのニュースを聞いて、呆れながら一冊の本を思い出しました。

1984年に出た金元昨著「凍土の共和国」(亜紀書房)です。①1

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これは、20数年前に北朝鮮に「帰国」した兄妹に会うために訪鮮した著者(ペンネーム)が、北朝鮮の想像を絶する実態を描いたものです。想像を絶する、、、とは、例えば、いたる所で強制される金日成の銅像に対する参拝、或いは、あらゆる 機会をとらえて行われる「チュチュ=主体思想」と「金日成主義」への、洗脳的教育、これも例えば、「偉大なる首領金日成同士におかれては、、、」という宣伝からラジオからひまなしに流され、おまけにそのラジオには、ナント、スイッチがない、というのです。

つまりは、嫌でも聞かざるを得ない訳です。又、家族同志の語らいを監視し、場合によっては割って入って土産物までに手を出さんとする党員達。そして、その宣伝とはウラハラの人々の生活の貧しさ、読み終わって、まこと、気持ちが暗

たんとしたことでした。さて、亡命の話に戻りますが、聞いていて呆れたと言いましたが、一言で言うと、この黄なる男の虫のいい態度に呆れたのです。だってですよ、このエライは今迄、国会の議長とか、最高のエリート大学の学長を歴任した男で、目下は、国会の外交委員会の委員長をしているというのですよ、その何不自由のない男が亡命とは、虫がよすぎやしないでしょうか。

この男は、手記の中で、北朝鮮の現状を嘆くのはよしとして、書くことにことかいて、ヌケヌケと「金親子の世襲的(子〜孫と受け継ぐこと)な一人独裁」とか、「無慈悲な弾圧と拒否と欺瞞で充満した暗黒の地」と書きます。

しかしこの男は、30年来の金日成親子の絶対化をすすめてきた、或いは支えて来た人間なのです。つまりは理想郷たる筈だった北朝鮮をして「暗黒の地」たらしめた連中の一人、しかも枢要(すうよう=かなめ)の一人ではないのか。

思うに、亡命したいのは、洪水の後料不足で餓死しかっかている国民のほうではないでしょうか。「暗黒の地」をつくった連中の一人である男が、その責任をとらずに、その無告(むこく=よるべのない)の民をさしおいて、どの面さげて、自分だけが逃亡することができるのでしょうか。おまけに国民はあとまわしにして、自分の家族だけに向かっては「自分は死んだと思ってもらいたい」などとは、言いも言ったりで、身勝手もいいところで、開いた口がふさがりません。虫がよすぎる、と私が言うのは、こうした理由からです。

この過酷な体制をつくった連中は残って、国民の方が皆、亡命出来ればと、思う位のものです。しかしまあ、知ったふりをして政治向きの話をするのは得手ではありませんから、この話はこの辺でやめますが、北朝鮮の事情を知るために、格好の文庫本が出ました。「北朝鮮脱出」がそれです。②2

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日本から「帰国」した青年が「主体(=チェチェ)思想 」を学べく「強制収容所」にいれられます。革命化教育が身につけば出所できる理屈ですが、話はそううまくいきません。重労働、飢え、暴力に耐えて青年は脱出に成功するのです

が、ハッピイ、エンドという類のものではなくて、後味は重いものです。全く、この国で伸吟(しんぎん=くるしみうめくこと)している人々に同情せざるを得ません。

さて、個人崇拝現象と言えば、元祖たる存在は、かってのスターリンですが、そのスターリンがロシア全土にわたってつくった強制収容所(ラーゲリ)に、24年間も捕われていたというフランス人、ジャック、ロッシ(87才)の本

が2冊でました。1つは、「ラーゲリ(強制収容所)註解辞典」でラーゲリに関する「百科事典」とも言うべきもの。

2つは、「さまざまな生の断片」で「狼」と化した人間達が織り成す極限のドラマを淡々と綴ったもの。「狼」と言うのは、収容所からの脱走をはかる囚人達は、若者(新参者)を誘って、逃亡中食糧が切れると、この若者を殺して生血を吸い、まだ温かい肝臓を食べもするからです。 ③3

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かって「収容所群島」で、スターリンの暴逆をあばいたソルジェンニーツインは、スターリン時代の囚人より、ツアー(皇帝)の時代の囚人の方が楽だったと述べましたが、「註解事典」の「苦役」の比較表をみると、ツアー時代は、全日曜日と、ロシア正教の全祭日=年休80日に対して、社会主義時代は休日皆無=年365労働日となっていて、成る程と、うなずかされます。④4

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個人崇拝の帰するところの恐ろしさを語ったこの2冊、現代人にとってはイヤでも読まなくてはならぬ本のように思われます

  1. 金元昨.凍土の共和国.亜紀書房(1984) []
  2. 宮崎俊輔.北朝鮮脱出.新潮社文庫(2000) []
  3. ジャック・ロッシ、 ミシェル・サル.ラーゲリ(強制収容所)註解辞典.恵雅堂出版(1997) []
  4. ジャック・ロッシ.さまざまな生の断片.成文社(1996) []

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