第167回 マヤコフスキー変死の謎

`00.7.14寄稿

昔モスクワに行った時のこと、夜の街並みの暗いのに驚いた。ネオンサインの類いが、全くと言っていい程無くて、大した数があるとは言えぬ街灯のぼんやりとした光があるだけだから、最初は一寸異な思いがしたが、慣れるとかえってその暗さが味わいあるものに見えてきて、興がはっきりとせぬ横町なぞには、思いもかけぬ情趣があって、「あーきれいだな」と思ったことだった。きっと19世紀のモスクワは、ケバケバしさのない淡々とした美しさを持つ街だったに違い無い。

しかし、こうした趣を壊して現れる建物は、無論いくつもあって、それらは大体においてスターリンがヨーロッパ諸国に負けてはいないぞと言う意味を込めて、示威的に建てた。只々、馬鹿でかいだけのものでモスクワの都市外観を壊すだけのものであった。

モスクワ大学なぞも、毎日教室を変えて授業をやるとしたら、何年もかかるとか言ってたが、教室の数なぞ誇って、何の意味があるのだろう。

建物の他に、そのまたしても馬鹿ばかしい大きさで私を呆れさせてくれたのは、(設置されている通りの名は忘れたが)詩人マヤコフスキーのごつごつと角張った、巨大な像だった。

マヤコフスキーの名を初めて聞く人の為に、ここで「新潮世界文学辞典」の頭の部分を写すと、「ヴゥジーミル・グラジミロヴィチ・マヤコフスキー(1893〜1930)。ソ連の詩人。その詩及び存在によって、1920年代以降のソヴィエト詩のみならず、世界の現代詩に痛烈な影響を与えたと言う点で、20世紀に数少ない大詩人の一人・・・」

しかし、この大詩人は「・・・これに不幸な恋愛の挫折感も加わり、マヤコフスキーは’30年4月14日、`恋のボートが世俗に衝突した’という遺書を残して拳銃自殺を遂げた。・・・」となります。

不幸な恋愛と言うのは、恋人リーリヤ・ブリークなる女が、既に人妻であったこと、おまけにこの女は、夫と共に自らも、泣く子も黙るO.G.P.U.(オー.ゲー.ペー.ウー=合同国家政治保安部)、平たく言えば、秘密警察の職員であったことです。

この女を「女吸血鬼」と呼ぶ人もいたようですが、それはともかく、①1 はっきり言うと、スターリンによる暗殺だ」と主張したい本なのです。「したい」というのは、結論を出せずに著者スコリヤーチンが急死したからで・・・。

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スターリンは自分に敵対するものを生かしておくことはせず、それは相手が芸術家であろうとも容赦はなかったのであって、その辺のことは、昭和28年に早川書房から出た、J・イエラーギンの「芸術家馴らし〜スターリンの政権下の芸術家の生活〜」や1976年に三一書房から出た、R・コンクエストの「スターリンの恐怖政治下巻」に詳しく書かれている。と言う訳で、私もマヤコフスキーが殺されたことは確実だと思う。

さて、マヤコフスキーに不実の女リーリヤを紹介したのは、妹のエルザ・トリオレだ。E・トリオレは作家で、フランスのレジスタンス作家の大物ルイ・アラゴンの奥さんだ。

ここで整理!スターリンは、次第に反ソ的=反スターリン的になるマヤコフスキーを憎んで、リーリヤ達OGPUを使って殺す。その後、おためごかしにマヤコフスキーを持ち上げて、像まで作ってみせる。

E・トリオレには「マヤコフスキー 〜詩と思い出〜」(創之社 昭和27年)なる本がある。トリオレは暗殺にさして関係はなかろうが、こう分かってくると、なにやら白々しい。と、思っているところへ、珍しくもそのトリオレの「幻の薔薇2 」が出た。

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バラの名花にまつわる悲しい話だ。ついでにいうと、日本でマヤコフスキーの影響を一番受けたのは、旭川出身の「小熊秀雄」だぞ。

話はかわって・・・私は「あんな本〜」の第14回で、石坂昌三の「象の旅」(新潮社)を紹介した。長崎から江戸まで74日かけて歩いた象の話で、時は亨保 13年(1728年)で将軍は8代の吉宗。ところが今度はエジプトからパリまで歩いたキリンの本が出た。1827年の事件だ。面白い。③3

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キリンで私の一番好きな所、そして一番哀切に感じる所は、キリンが声を出さないという点である。追い詰められたキリンは黙って涙を流す・・・のだそうだ。というようなことをぜひ知りたい人は④4 をどうぞ。この本、一種の奇書だ・・・と思う。

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  1. スコリヤーチ.きみの出番だ、同志モーゼル 詩人マヤコフスキー変死の謎の死は自殺では無い.草思社(2000) []
  2. エルザ・トリオレ.幻の薔薇 .河出書房(1999) []
  3. マイケル・アリン. パリが愛したキリン.翔泳社(1999) []
  4. ベルトルト・ラウファー.キリン伝来考.博品社(1992) []

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