`03.10.30寄稿
学生達が我が家に集まって、飲みながら話をするのが、室工大在勤中の1週間の中5日間の常態であったが、そんな時、「談(はなし)」が偶々(たまたま)ロシアの話になると、私は必ず、次の2つの話を枕にしたものだ。1つは、ロシア人はまことに偉大な体躯と、底知れぬ体力の持ち主でああって、例えば、ロシア兵は完全武装のまま、3日3晩は、喰わず飲まず、ねむらずに走り続けることが出来る、と言うよ。だから、ヒトラーがロシアの内部迄、攻め込んだときでも、ロシア兵は、大砲だけじゃなく、工場の引き込み線のレールやら、機械やらまでを或いは背に背負い或いは、引っぱって、奥地へと逃げる、いや退却するので、ナチスの軍隊は廃墟になった工場の跡にたたずんで、なす術がなかったと言うぞ。
そして、2つ目は、ロシアの女性も、同様に立派な身体付きで.話ではロシアの女性が町を歩いている時は、街角で、オッパオが先に現れて来ると言うぞ。と。話が弾むと、私は更に,大黒屋光太夫の話もしてきかせた。
ロシアに漂流して10余年を過ごした光太夫の体験談「北様聞略」に出て来る談で、どことやらで、光太夫らが,ロシア式のサウナ風呂に入った時の事,先客のロシア女達が、光太夫ら日本人のナニをみて、大笑いし,親指と小指を交互に示した,云々てな話で、これはつまり、ロシア男のナニを親指とすれば,日本男のナニは小指の如しであるという、との比較の問題であった。
さて、この話を今何故持って来たかと言うと,新聞の切り抜きを整理していて,8.4(`03)日付け朝日の五木寛之による「みみずくの夜(ヨル)メール」No59を読んだからである。
五木は俳句について書いていて,自分の作品に「さかしま」と題する中編があり、その中に「灯痩(とうそう)」なる俳人を登場させた。ところが、これを読んだ女子大生が,研究論文を書くとかで,五木に電話をよこし、「灯痩」の句は何処へ行けば調べ、かつ読めるのか?と聞いてきたというのである。この質問に対して五木は、「あれは、作り話です」と答えるのだが、...そのあと,五木はシベリア抑留兵の作句だとして、「オッパイが先に出てくる街の角」なる句を見せて、“〜ロシアの女将校のブラウスのボタンが弾丸のように弾け飛んだのを私は見たことがある。」とつけ足す。
これを読んで,私が,突然思い浮かべたのが,冒頭に述べた,私が,学生に語って聞かせた二つの話である。そして,私が思った事は、「灯痩」なる,架空の人物は、どうでもよいとして、この抑留兵による句なる物が,これ又抑留兵にあらず,五木の創作であろうと,言うことと,して又五木の創作であろうこの句は,実は五木の創作にあらずして,或る本を読んだ結果の記憶が、ふいと口をついて出て、その余りの自然さに,五木自身が,自分の作と思い込んだのではないか,そして,それでは,逆に不自然だから,抑留兵の作と切り換えてみたのではないかと言う事だ.整理/オッパイの句は、「灯痩」同様、抑留兵の作とした五木の創作で、但し、実は五木の記憶の中にあったものが、ふと出ただけのもの、出展がある筈
話がくどくなったが、冒頭の私の2つの話には、出展があって、それは敗戦直後(昭27)に翻訳されて私が大学生の頃まで、よく読まれた、「バーナード・ベアーズ著「ロシア―過去と現在―(上下)」(岩波新書)なのである。
同時代人として五木もこれを読んだに違いない.そして「胸から(オッパイ)先に出て来るロシア女」のことを知ったに違いない.それで、私は実に40数年振りに新書版の棚から、ベアーズの上下を出して、頁を捲ってみた。あったあった、第二「ロシア人―その他」に“彼らの耐久力は、驚くべきもので、兵隊達はよく私に、いくらなんだって、一睡もせずに、駆け足で4晩以上は行けませんよ、と語ったものでる。〜」つまり3日3晩は出来るのである.ホラネ、これで、1つ目の話.ついで、2つ目、..と言う所で私はうろたえた続いて出て来る筈の「胸から先〜」の話がないのである。ハテナ、この本ではないとすると何であったか...うろたえながらも私の確信は揺るがない.即ち、五木と私は同じ本を読んだ結果「オッパイが先に出て来る街の角」言う知識を共有していることには間違いがない筈。今オッパイ話が出て来た本を私は探している所だ。
さて、私は、五木の熱心な読者では全くないが、そこそこは読んでいる.昭和40年代前半のあの学園闘争の最中、そのとばっちりで、室工大の入試の際も、反体制の学生達にちょっかいをかけられてはいけぬとて、動員された私らは、試験場の監督だけではすまなくて、1台の乗用車をあてがわれ、4人1組で、試験場周辺のパトロールをやらされた。その間、私は外を見ることなく、否、外なぞ見るひまなく、読みふけったのは、五木の「内灘夫人」だった。いや、面白かったなあ。
と言う訳で、今回は、オッパイのとりもつ縁で、私が好む五木の本4冊をあげよう。
①は「ソフィアの歌1 」れはロシアのサウナでナニを比較されて笑われた光太夫から苦難の漂流話を聞いたエカテリーナ女帝の御苑長ブーシュの妹、ソフィアが光太夫を哀れんで作った歌が、時を超え、場所を超え、歌われ続けた結果どうなったか....一つの歌の数奇な物語だ。
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②は「よみがえるロシア2 」私の好きな歌手詩人小説家のブラート・オクジャワを初めとして、ロシアに関わって来た、史家、文学者達、それは中村善和、木村浩、工藤精一郎、山内昌之と言った面々だが、考えて語り、考えて語りをくり返してロシアを把握しようとする試みの一冊
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③は「ワルシャワの燕たち3 」。ポーランドに生まれて、英国に帰化した小説家、ジョゼフ・コンラッド、祖国を思いつつ帰ることをせぬコンラッドを1つのキーとして、人間的連帯を語る.官能美あふれる恋愛物。[tmkm-amazon]4087480372[/tmkm-amazon]
④は「辺界の輝き4 」 「竹の民族史」の名著を持つ沖浦を相手に、五木は差別されて来た集団について語り、相槌を打つ。並の勉強振りではない。この4点読ませるぜー。
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