`04,11月寄稿
大学に入って直ぐに「英国の文化」なる総題の下に、クラス全員が2人宛組んで、いや組まされて、割り当てられたテーマについて、日本語ではなく、英語の文献によってレポートを出す、いや出させられたことがあった。私と角田治子に与えられたのは「英国の紋章」なるテーマだった。今なら森護なるこの分野の専門家がいて、「英国紋章物語1 」「シェイクスピアの紋章学2 」「西洋の紋章をデザイン3 」「西洋紋章夜話4 」「紋章学辞典5 」など、ズラリと並ぶ程に書いてくれている、簡単なテーマと思えるが、当時は森護はまだ出てなかった。いや、こちらが気付いていなかった、かして、この人にたよることはなかった。
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私と治子君は、上野の図書館まで足を延ばして、閉架式だったから、カードに紋章の本をとの注文をつけて出した所、出されたのは、何と30冊余から成る「ブリタニカ百科事典」の1冊だった.何だ「ブリタニカ」なら学校にあったのにと思い乍ら(ながら)早速“HERALRY”か“CREST”かなんて言い乍ら、訳しにかかったのだが、これが貴方、スラスラとはいかんのよ。
「ブリタニカ」には、小項目主義(つまり記述が短い)をとった版と大項目主義(こっちは記述が長い)をとった版の違いがある、なんてことは、当時全く知らぬから、これが第ナン版であったか、と言うようなことも、ちっとも記憶にないが、出されたものの記述はながかった。
大項目主義の場合は下手すると、日本の新書版1冊位の記述があるが、我々の場合も、何だか知らんが矢鱈と長かった。加えて、生半可な英語力ときたから、半日はおろか終日粘ってもラチが明きそうになかったが、ウンザリする気持ちを押さえて、ナントカ書いて出したが、落ち着かなかった所をみると...イヤヤ、あれ採点しなかったかも...一つ新入りに苦労をさせてやるか!と言うことだったのかも知れんな。
てな訳で、私とブリタニカの初顔合わせは、ちっとも愉快なものではなかったが、室工大の図書館に入った昭和40年代の初めの2.3年間、このブリタニカで私は変わった体験をした。と言うのは、入学式を過ぎて、そろそろ恒例(と言っちゃ悪いが)の「五月病」...これは安住の地に立ち到った新入生・新社員が、精魂尽き果ててボケッーとする、無気力になる、ひっくるめてノイローゼーになることですが...が、そろそろ出る頃だなあ、と思っている所へ、図書館に質問が、それも結構な数の質問が来ます。
質問するのは学生の親で、質問とは「ブリタニカって何ですか?」或は「アメリカーナって何ですか?」と言うもので、こちらは書誌的質問だからと割り切って、「ブリタニカとは英国を代表する百科事典で、アメリカーナも〜...」なんぞと、ウンチクを傾けて説明すると、聞き終えた向こうは、力なく、「ハア、そう言うものですか」と言います。
一様に共通するその「ハア〜」が気になって「ところで一体何ですか?」と聞き返すと、実は息子がその辞典を買ったらしく、月賦の請求書が舞い込んだ。高いので驚いている。これは本当に大学生活に必要なものでああるか?。となって、あげくの果てに、“解約“したいが、間に立っていただけないものでしょうかと来る。
私は大学図書館に勤めているのでああって、「消費者問題ナントカ協会」てな所にいる訳ではないから、大学生活に必要かと聞かれれば、司書たる手前、そりゃ、あれば多大の恩恵をこうむるでしょう、位は言うが、“解約”と来ては、任務外でありますからして、いや、それはご自身で...と電話を切ったものである。
その親の電話が途絶えると、1ヶ月位して、今度は学生が現れる。用向きは又しても「ブリタニカ」で、或いは「アメリカーナ」で、実はセールスマンに勧められて1set揃えたが、どうも使い物にならない(そうじゃない、つかえぬのです、が正解だろうに...)から、大学で買って呉れぬか?と言うものです。この訪問販売?も皆断って一件落着、とこちらはなるのですが、そのあと向こうはどうなったのやら。
しかし此の頃になって思うことは、矢張り昔の学生は違うなあ。恥ずかし気もなく、コンビニエンス・ストアのコミック誌を手にして、あまつさえ、窓から見えるその面はニタツイテテなんて言う当節の大学生に較べて、そりゃ、洋書屋のセールスマンにしてやられたとは言え、少なくとも10〜20人の学生は「ブリタニカ」を揃えて勉強してみよう、との気持ちになったんだな...と思う“その志や偉大なこと”とほめねばなりません。
ところで、こんな話をしだしたのは...、最近当館に「OED」を呉れた人がいたからで...。「OED」とは何か?を英文学者の寿岳文章に説明してもらうと、“〜私は英文学を専攻するものでああるから、一番よく手にとるのが英語辞書なのは言うまでもない。その英語辞書の最高法廷は、オックスフォード大学刊行の大辞書(これ即ちOED=OXFORD ENGLISH DICTIONARY、山下)だが、これはずいぶん場所をとる上に、到底手軽に引きこなせないので、私は脇卓に入れず書棚の最下段に入れて”と言うものだ。
余談だが、私が高校2年の時、クラスのMが受験雑誌の旺文社から洋書を取り寄せることが出来るのに気付き、一時、安っぽい紙表紙本を注文するのがはやった。私はその時、「POD」即ち「ポケット・オックスフォード辞典」を注文したが、この「OED」を縮めに縮めた辞典は、3年生になって役立った。と言うのは、東大を出た鷲山丈司先生が、この辞典を使って試験問題を出したからで...もっとも後年、市議会議員となった先生にその思い出を話したら“そうだったかなあ”といなされたが、あれ、とぼけたのかな。
話を元に戻すと、実はこの世界最大の英語辞典=OEDが成るについては、その制作過程に、まことに奇妙な物語があって、それを描いた「博士と狂人6」を、私は本欄1999.8.4日付けの第149回で紹介したことがある。
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探偵小説みたいな話であるから、筋は紹介出来ぬ。ところが、OEDの第1版(1928)出版75周年を記念して、同じ著者によって、同辞典の波瀾万丈の歴史が再度物語られた。全巻(20巻)置くと根太が下がると言われたこの大辞典の物語面白いですぞ。序手に紹介する副本の本は、辞書を語った沢山の本の中で、私が一番好きなものだ。しかしまあ、「OED」を持っていた人が民間にいたなんて、スゴイ話だなあ。呉れた誰やらさん多謝!!
「オックスフォード英語大辞典物語7 」
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「本と英文学8 」
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「私の辞書論9 」
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