第326回 人としての有り様を問う映画と本

2012.12月寄稿

今回は映画(=DVD)とそれに関する本を取り上げる。大新聞の映画評に取り上げられてから、つまり封切りされてから、DVDになってあらわれるまでは平均して、どうも4ヶ月はかかっているようだ。それはともかく、先ずは① ブラジル映画「 汚れた心」。監督はヴィセンテ・アモリン。出演は井原剛志、常磐貴子、奥田瑛二。

第二次大戦後、ブラジルの日系会社で、「勝ち組事件」が起きた。事の発端は、祖国日本が無条件降伏したことを認めたくない人達が「臣道連盟」なる結社を創り,日本の負けを認める人達や組織をテロ攻撃したことにある。何故、降伏を認めないのか?。天皇が治める神国日本が彼等の心の拠り所だったからだ。

自分たちのアイデンティティ(自分他の人とは違った独自性を持った個人であるという確信)の確立をはかるために、日本の「勝ち」を信じる人達は、結束して、「負け」という情けない情報を信ずる、日本人ともあるまじき連中を襲った。「負け」を信ずる連中は「非国民」とされ「国賊」とされた訳だ。

結果、約40件の殺傷事件が起き,23人んが殺され,147人が負傷、381人が攻撃に加わった容疑で検挙され、アンシェッタ島監獄に収監された者数千人、となった。

暗躍したのは、「勝ち組」ばかりではない。この間デマを飛ばし、「勝ち組」に今や無価値になった「円」を売り付ける者や偽の「宮様」までが巡業する詐欺事件も起きた、というから凄まじい。

今度の映画の原作はブラジル人でジャーナリストのフェルナンド・モライスのノンフィクション「汚れた心1 」2000年刊。

監督のV・アモリンは,外交官の子供という経歴から,異邦人の感覚にはとりわけ理解がありようだ。「映画評」の一つには、「今まで知られていなかった事〜』と言うのがあったが、そんなことはない。

1998年に没下戦記文学作家の高木俊朗が,昭和45年に出した「狂信」はこの12年間も続いた騒乱と暗殺を描いたものだ。「〜首謀者の一味は,日本の戦勝を宣伝して勝ち組を踊らせ,多くの事件を起こし〜巨額の財産を巻き上げる詐欺を働いた」と高木は言う。

「狂信2


そして、「勝ち組の狂信は戦前の皇民教育の恐ろしい成果です。今進められている教科書批判や閣僚の靖国参拝問題見ると,再び其の流れが力を得つつある事を痛感します」と当時加えていた。

今回の映画の中で、元陸軍大佐のワタナベ(奥田瑛二)が,相手を脅かす時の決まり文句が「非国民」だ。「死語」になったかと思っていた「非国民」を、この頃保守はの年寄り連をはじめとして、時々発する若者までが出て来ているのはイヤな印象だが、この言葉で思い出したのが,②増村保造監督の「清作の妻3  」で吉田絃二郎作。若尾文子が清作の妻役で出ていて、夫清作になるのは田村高浩廣。時代は日清・日露の戦争の頃。


この作で清作に浴びせられるのが「非国民」で,あげくの果て「戦死してこい」とまで言われる。何故か?

評論家の紅野敏郎は,この作品に付いて,吉田のロングセラーとしては「小鳥の来る日」なるエッセイ集があるが、この「清作の妻」はそれ以上に評価されるべきだと言う。

何にしても矢鱈と戦争をやりたがる老人達の続出するこの頃、観ておいて悪くない作品、イヤー一番見て欲しいのは、保守はの過激な連中、つまり河野洋平から「〜保守の中の右翼(だけになった)」と言われる政治家だな。

余計な事を一つ。昔私は若尾の声が好きだったが、どうも最近は、随分固い女だなあと思うようになってしまった。旦那の選挙の影響によるものか。残念だ。

大学時代、好色文学という訳ではないのに、読んでえらく興奮した小説が2つあった。

①はフランスのテオフィル・ゴーチェの「モーパン嬢」(田辺貞之助訳/岩波書店)

②つ目が、今回取り上げるマシュー・グレゴリー・ルイス(1775〜1818)の「修道士」、英語で「MONK=マンク」。これ余りに有名なので、英文学史上この作家は「マンク・ルイス」と呼ばれる。この「マンク4 」は色気満々の女マルチダに有徳の修道院長がしてやられる話しだが、不覚にも私が興奮させられたエロチズムと、反社会的思想に満ち満ちた作品で、為に160年もの間、禁書とされたものだが、「アイヴァンホー」のW.スコット、「黄金宝壺」のホフマン、それにE.A.ポー、G.フロベール「緋文字」のN.ホーソン、そして「嵐が丘」のE.ブロンテらに影響を与え続けた。


訳したのは「007」シリーズの井上一夫。それが映画になった。破戒僧に扮するのは、ヴァンサン・カッセル...で、この男優、一寸前には「怪盗ヴィドック」にも扮した。さぞ面白かろうと思ったら、取り上げておいて言うのも無責任だが、私に言わせると、原作の面白さに全く及ばない。残念至極!!

余計な事をもう一つ。「刑事コロンボ」は米のドラマを井上が小説化した日本作品だぞ。もっとも私は見た事も読んだ事もないが。

マイケル・マドセン監督の「100.000』年後の安全という映画がある。2009年作の80分ばかりのものだが、高レベル放射性廃棄物の処理について語ったものだ。埋める場所はフィンランドのオルキルオトのオンカロなる所。これについて劇作家の倉本聡が自分の芝居にからめて語っている。倉本によると、原発で働いているのは筑豊炭坑倒産で失業した人達で、その倒産の頃、既に原発廃棄物を、廃坑になった炭坑の地下1,000mに埋めようとの話しが出ていたそうな

そこで倉本はオンカロについて、地下450mに埋めて「危険だから開けるな」と書いてあると言うんだけれども、何十万年も後になって、地殻変動で地上に現出したとき、そのとき生きている人類が今のフィンランド語が分かるのか、と疑問を出す。私も映画を観ていて吹き出しそうになったのがこの場面だ。高々500年前や1,000年前の言語の解読にも苦労している事は、ロゼッタストーンや何やらを引き合いに出すまでもないことで、更にもう一つ、人間は、開けるなと言えば開け、入るなと言われれば入るのは、ピラミッドや中国皇帝陵の盗掘を見れば分かることだ。

〜と言う訳で、倉本は「原発即時ゼロ」を主張する....でも、ここにDVD映画のジャケットがないし...で、そうだ、倉本は又東京芸大美術館での「The   art   of    GAMAN」で、ガマン(=我慢)について語っていて、これは第二次世界中、在米日系のアメリカ人が10ヶ所に強制収容された時に、人々が自己の存在をかけて作った作品の展示だが、その図録も手元にないので、収容所とイサム・ノグチらについて語った本を代わりに出しておく。アメリカの非人道ぶりが分かる筈だ。「アメリカを変えた日本人5

 

  1. フェルナンド・モライス.汚れた心.完全版(2000) []
  2. 高木俊朗.狂信.角川文庫(1978) []
  3. 吉田絃二郎.清作の妻.ゆまに書房(2001) []
  4. マシュー・グレゴリー・ルイス.修道士.国書刊行会; 新装版 .(1995) []
  5. 久我なつみ.アメリカを変えた日本人.朝日新聞出版(2011) []

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください