2019.4.寄稿
安倍だ,麻生だ、萩生田だ・・・と毎日毎日気が滅入るような話ばかりで、精神衛生上誠によろしくないが,世の中はもちろんこんな低劣な馬鹿ばかりで成り立っている訳ではないから,読んで心が晴れるような文化的なニュースも気をつけていると結構目に付く。
と言ってもこれらのニュースが第一面をかざるということは滅多にないけれどね。そんな知的なニュースを今回は音楽にしぼってのせてみよう。まず4月に入って直ぐだったが、バッハ研究家のクリストフ・ヴォルフの話がよかった。その話というのは,大阪のいずみホールとドイツのライプツイッヒ・バッハ資料財団の共同企画でバッハのオルガン作品全228曲を演奏しようとするもの。ヴォルフはこのためヨーロッパのみならずアジア,アメリカ他からオルガニストを集めたという。この企画2012年から実施され、この3月全14回の演奏会によって完奏されたというからめでたい。
教会でパイプオルガンの音を耳にすることが可能なヨーロッパの人ならともかく、日常的にそんな機会の皆無に近い日本で,この企画よく成功したものよな、とつくづく感じ入る。ヴォルフによると、日本人は「年齢層が幅広く,集中して聞く意識が高い」そうな。
全曲で思い出したが,2015年の年末には名匠ミクローシュ・ペレーニがバッハの無伴奏チェロ曲全6曲を2日間で完奏したということがあった。これまた偉業だ。
2015年にはもう一つバッハについてのめでたい話があって、それはライプツイヒの著名な画家エリアス・ゴットローブ・ハウスマンが1748年に描いたバッハの肖像画が、死後265年ぶりにバッハが後半生を過ごしたライプツイヒに戻ったことだ。これは米国の音楽学者ウイリアム・シャディの所有だったが,シャディの死後前述したオルガン曲全曲演奏の企画者,バッハ資料財団に贈られたもので、価格約3億円。これもいい話だった。「バッハ1 」
話を変えるが,3月中旬私は図書館からの帰路、鹿とぶつかる所だった。国道37号線から白鳥台に入った途端我妻さんが急ブレーキをかけた。私はウトウトしていたがびっくりして前を見ると子鹿が一匹立ちすくんでいる。どうやら群れに遅れて沢から上がってきて向かいの山へ登ろうとしたところ我が車がきて、という形だったのだろう。それでも健気に柵を一跳びして山へ入って行った。去年だったか秋に同じ場所でやはりぶつかったのか、車の列の間に大人の鹿が四脚折りたたんで座り込んでいた。その後射殺でもされたろうか。鹿で思い出したが2月、奈良公園では「鹿寄せ」をする。これ、明治に入ってラッパを使って鹿を集めたのが始まり。今はラッパでなくて、ナントナント奈良鹿愛護会の職員がベートーベンの「田園」の一小節を吹き鳴らして鹿を集めるのだ。いいね!!
ベートーヴェンと言えば誰でも知っている「エリーゼのために」がある。これ大金持ちのマルファッティ家の娘で17歳のテレーゼにささげられた曲で表紙には「テレーゼのために」とあったのに、のちにこの曲を発見したノールなる人物が、テレーゼをエリーゼと読み違えたためにこの曲名になってしまった、というのが今までの説。ところが2009年にドイツのクラウス・マルティン・コピッツが、この曲がささげられたのはベートーヴェン作曲のオペラにも出ていたテノール歌手ヨーゼフ・アウグスト・レッケルの妹でソプラノ歌手のエリザべートだ、との新説を発表した。これ「定説」になったのかな??とまあかくの如くにクラシックファンを面白がらせるニュースに事欠かないのだが、ここに一つ誠に喜ばしいニュースがある。それは・・・・私は2016年2月号のこの欄で、ひのまどかの「モーツアルト」に触れた後、次の如くに書いた。〜ひのは全20巻(内19巻執筆)の「作曲家の物語シリーズ」をリブリオ出版から出していて、1992年と2010年の2度「児童福祉文化賞」を受賞した。つまり全部良書だが、残念なことにリブリオ出版が消えて、上の良書はほとんど絶版になった。残念だ。全巻復刊をを望むものだ。・・・それから3年、今年4月10日付けで上のリブリオ出版のバッハとベートーヴェンが増補改訂されて復刊をされた。この有意義な出版をしてくれたのは(株)ヤマハエンターティーメントホールディングス出版部でシリーズ名は「音楽家の伝記はじめに読む一冊」。
今のところ、ひのの2冊に加えて萩谷由貴子の「クララ・シューマン2 」で計3冊出ている。
ひのの本に対する評価は前述した受賞が証明済。萩谷については2007年1月号のこの欄でピアニストの「田中希代子」(ショパン刊)を紹介した事がある。さてこの3冊、「はじめに読む一冊」とあるのを見て「ナンダ子供向けの本か?」などと思ったら大間違い。まず各巻の巻末文献を見ればわかる所だが、厳選された文献に基づいての正確な記述がづづくから、耳(or目)の肥えたクラシックファンでもうなづく所が多い。ましてや初めて読む者には快い驚きの連続だろう。それに3点とも現地取材を旨としているので、初心者を含め新鮮な臨場感に満足させられる。そしてまた手練れの両者の筆致が読者の楽しみを倍加させてくれる。これに音楽が視聴できるQRコードがついているから「いたれりつくせり」だ。大いに勧めたい。次の配本何だろうと待たれる!!つでだから、1942年8月9日ナチスドイツ包囲下のレニングラードでショスタコーヴィチの第7番が演奏された話を描いて大5回新日鉄住金音楽特別賞を受けたひのの「戦火のシンフォニー3 」
とナチス政権下、かのゲッペルスから名器ストラディヴァリウスを贈られた16歳の天才少女諏訪根自子(すわねじこ)が戦後バッハの無伴奏演奏で復活する話を描いた萩谷の「諏訪根自子4 」を出しておく。いや面白い、面白い。