第078回 私立美術館と日本美術の恩人たち

旅をしていて疲れが出ると、一寸ばかり億劫になってしまい、「まあ、いいや、ここはこの次にしよう」と思うものの、実際には再訪とは行かなくて、結局は「失敗したなあ」ということがよくあります。

事を、美術館めぐりにしぼっても、そうした残念無念が私にも二度、三度あります。
例えば、数年前、川越を訪れた時のことです。本川越の駅でおりて、歴史散歩を始めたのはいいのですが、小雨まじりの風の強い日だったので、すっかり冷え込んでしまい、熱燗を引っかけてもダメ、持病の坐骨神経痛は出るわ、で、川越市の北方8、9キロの所にある「遠山記念館」をとばしたのです。これが失敗!!

又、盛岡の岩山展望台への途中に「橋本美術館」がありますが、盛岡在のU君が、「あんな俗なもの、観るこたあない」と言うので行かなかったのです。
U君は抽象派の版画を200点余りも蒐めている、いわゆるウルサイ人ですから、そんなものかなあ、とその言を入れたのですが、これが失敗!!

何故失敗と思うか?と言えば、田中日佐夫の「現代の美術コレクター1」を読んだからです。これに、前者は「旧家復興のシンボル、邸宅とコレクション、遠山元一と遠山記念館」、後者は「画家にして政治家、異色のコレクター、橋本八百二と盛岡橋本美術館」と出ています。
この本は、国内32の私立美術館を取り上げて、そのコレクションとそれを蒐めたコレクターの人物とを語ったものです。

例えば遠山記念館については、豪農に生まれたものの、生家の没落で、高等小学校卒業後、兜(かぶと)町に奉公、証券界で成功し、生家を復興した、という遠山の一生が語られているし、橋本については一画学生だった橋本が着実に受賞を重ねながら画壇に地歩を固めたのに、政治家だった兄の死のため、後継者として政界に入らざるを得なくなり、遂には県政界の大物となる、という異色の人生が語られています。

大方の美術館を観て来たつもりでいた私も、この本をみると、知らぬところが沢山あります。これを読んだ上は、疲れた、だの億劫だ、だのでの”後悔、先に立たず”はもうしないぞ、とこれからが楽しくなってきました。
読後、思い出したのが、大学一年に読んですこぶる勉強になった矢代幸雄の「芸術のパトロン2」です。


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松方幸次郎コレクション、横浜三渓園の原三渓、倉敷の大原美術館の父子二代、印象派研究で有名な福島繁太郎について語った素晴らしい本です。
古本でみつけたら直ちに買うべし!!という本です。矢代にはこの類で、もう一点名著と呼ばれるにふさわしいのがあってそれは「日本美術の恩人たち3」です。
これは、日本美術を世界に紹介した人として、誰もが知っているフェノロサやビゲローを初めとして、光悦に熱中したチャールズ・フーリアや、シアトル美術館長をつとめたリチャード・フラーなど、いずれおとらぬ、日本美術の愛好家にして、日本びいきの11人について、彼らの日本美術への寄与を語ったものです。
これも本当に勉強になった本で、再刊を望みたいものの一冊です。

さて、日本のコレクターについての本のあとに、アメリカの、想像を絶する富を持った、芸術のパトロンとしての大富豪について語った本をあげましょう。
岩渕潤子「大富豪たちの美術館4」です。

数年前、フィランソロピーなる言葉が一時、流行ったものの、バブルとやらで、たちまちそれどころではなくなるヤワな国とは違って、真の意味で、蓄積された富を使っての、巨大な規模での社会貢献というものの意義深さが、この本を読むと、よ~く理解できます。それにしてもアメリカの金持ちのすごさには驚嘆せざるを得ません。

入手したゴッホを死ぬときは一緒に焼くつもりだ、だの、買ったシャガールの値が暴落してあわてふためいた、だの、倒産寸前の銀行から、預金者の鼻先で、蒐めた画を持ち出すだ、だのと言うどこかの国の脳タリン共に、聞かせて、いや読ませてやりたいものです。

さて、愈々「芸術の秋」、私もこのところ、いくつか美術展を楽しんできました。
1つ目は道立函館美術館での「印象派の華-モリゾー・カサット・ゴンザレス-」展。この3人は殆ど日本に紹介されたことのない画家達で、それ故、珍しくもありがたい展覧会でした。2つ目は、道立近代美術館での巨匠クロード・モネとフランスの現代画家、ルイ・カーヌの取り合わせという『モネ「睡蓮(すいれん)」と今日』展。次は、開拓記念館での「秦の始皇帝とその時代」展。最後が、小樽に開館した「ロシア美術館」
「ビュッフェ」も「大観」も来ている・・・・馬肥ゆる時とは言え、たべてばかりはいられません。

  1. 田中 日佐夫,現代の美術コレクター―美術館をつくった人々,日本経済新聞社(1995) []
  2. 矢代 幸雄,芸術のパトロン,新潮社(1958)/絶版 []
  3. 矢代 幸雄,日本美術の恩人たち,文芸春秋新社(1961)/絶版 []
  4. 岩渕 潤子,大富豪たちの美術館―アメリカ・パトロンからの贈り物,PHP研究所(1995) []

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