司書独言(94)

`09.6.20寄稿

○月○日「〜本を取り落としてしまう程笑いころげながら読み進むうちに〜」なんて文章を綴る書評家が結構いるが、私は原則としてそう言う大袈裟な表現は使わないことにしている。しかし、このニュースは大いに笑った。そのニュースと言うのは、天台宗の座主(ざす=長)が1,200年振りに高野山に登って、高野山=真言宗のトップと会見したと言うニュース。そのどこが私にとって面白かったか?と言うと...高野山側の空海は31才で遣唐使として、中国に趣いた。その時の船団は4隻で、その1隻には既に天台宗の開祖たる最澄が乗っていた。この時点で無名の空海と最澄の差は大きい。空海は長安にのぼって真言密教大阿闍梨(だいあじゃり)=大僧 恵果(えか)に学び、成績優秀とて後継者に指名され、仏典、仏具、仏画などをワンサと持って意気揚々と帰国した。2年が過ぎていた。

一方最澄は、長安に達する事が出来なくて8ヶ月で帰国したが、空海が戻って来た時には早くも比叡山大禅師の地位にあって、空海よりはるかに偉かった。しかし不幸な事に、空海の持ち帰った沢山の経典籍は最澄が知らぬものだったので、最澄としては無念、?ながら空海に頭を下げてこの経典類を書き写さねばならなかった。結果...ここで仏教用語を並べていたのではチンプンカンプンとなるから、無信心者の勝手で平たく言うと、空海と最澄の位置が逆転して、両者はもはや対等とは言えぬ関係に成って来た。「文献を貸して下され』「いいよ、いいよ。貸してやるぞ』と言う具合になった訳で、空海が最澄にあてる手紙の文面大分態度が大きくなって行き、やがてこの二人は 『断絶』する。そしてとどのつまり、この2人が作った断絶が1,200年続いたと言う訳だ。まあ我々凡人から見れば、これ只の面子の問題だと思うけどね。..落ち着いて良く見れば、宗教者は得てして日頃言っている程に寛容ではないわな。逆に宗教者と言うのは心底一番狭量で仲が悪いんじゃないかね。それにしても1,200年間ずっと仲悪いで来たってのは、すごいし、その分笑える...で私は笑った訳。因みに私は八幡様の方。

○月○日 日曜日ゆっくり本を読んでいたら、「ふくろう文庫」の世話人の田村さんが、伝言だとテやってきた。と言うのは我が家に電話がないからで...聞くと室蘭民報の高橋結香記者からの伝言で、...本輪西の人が「親鸞」が書いた掛け軸を持っていて...と言う話。これは2幅あって、つまりはこれ真贋いずれかと云う話。40年も前に現所蔵者のお父さんが、たまたま有珠の善光寺に調査に来ていた倉田文作に見せた所、これは「親鸞」の直筆だと云われた云々。倉田文作と言えば仏像学者の大物だ。それが保証しているなら大丈夫じゃないの、と言いたいが、これが口惜しい事に倉田が鑑定書を置いて行ったと言うのではなくて、そう言ったと言うことを先代が書き置いたと言う書類があるのみ。

○月○日 と言う訳で、私は相談を受けたのだが、先述した如く私は八幡様の方で、室蘭の寺と言うものに、寺内はおろか境内にすら入ったこともない。只一つ例外は、昨年「ふくろう文庫」で国宝の「弘法大師行状絵巻」の完全復刻版を入手して市民会館で展示した時に、この秘宝の御開帳を念じてもらうために、その時初めて高野山の末寺と分かった沢町の大正寺に一年先輩の松尾和尚を訪ねて入ったことがあるきり。

○月○日 とは言うものの、だからとて美人記者の相談を逃げる訳には行かぬ。それでない頭を振り絞って、探索のためのいささかのヒント(になったかは知らぬが)を与えて...その後の高橋記者の猛追跡が実って、この2幅「親鸞」ではなかったけれど、「蓮如」(1415-1499)とその息子の「実如」の直筆と判明した。詳しくは6月20日の「室民」朝刊を読むべし。

○月○日 又しても,一体何を考えてんのか裁判官は!!と嘆かざるを得ない事が起きた。駅のホームでいきなり知らぬ人間を突き落とした人間が,その時の精神状態がまともではなく、真っ当な判断能力が失われていた結果の行為だとして,死刑を免れたのだ。此所で,私は、日垣隆の「そして殺人者は野に放たれる」(新潮文庫)を思い出した。これは一言で言うと、「心神喪失」なる好日で,殺人者が無罪放免される刑法大9条の欠陥を指摘した名著だ。具体的に言うと,殺人を犯した人間が,犯行を聞かれて、「ほとんど記憶がない』とか「異常な泥酔状態にあった」とか「覚せい剤を打っていた』とかと答えると、これによって罪が重くなるのではなく、逆に無罪や刑軽減の理由になるのである。この辺りの矛盾を日垣はこう言う。「〈正常な精神状態であればおよそ考えられなかった事件〉だから心神喪失で無罪だと言うのなら、徹頭徹尾冷静沈着に事を進めたプロフェッショナルな殺人者しか有罪にできなくなる」。

○月○日 改めて書くと、刑法39条の①心神喪失者(責任無能力者)の行為は罰しない、 ② 心身耗弱者は、その行為葉その刑を軽減する.これによって見も知らぬ人間をホームから突き落とした人間が罪を科せられないのだ.何たるふざけた話。

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