山下敏明さんのあんな本、こんな本

第093回 人生だな力道山・テレサテン・男女の川

力道山(プロレスラー)が活躍した時代は、私の大学生時代と、略々(ほぼ)重なります。その頃,私は本郷の西方町の下宿から近い、東大農学部前の「増田屋」なるソバ屋によく行きましたが、時間がテレビのプロレス中継とぶつかると大変でした。と言うのは、各家庭にテレビのない時代ですから、プロレスファンがテレビを置いてある店に一勢に押しかけて、くる訳で、空いているのはテレビの真下にある席一つだけになるのでした。

テレビにもプロレスに大して興味を持っていなかった私は、頭上にテレビをいただいた席で、そばを食べるのは、さして苦痛ではありませんでしたが、一人、満員の面々と顔を向き合わせているのは、何やら妙なものでした。一番強いのは、武蔵か小次郎か…式に、力道山が柔道の木村と死闘を演じたのは、確かニュース映画で観ましたが、所詮は見世物、とプロレスに興味を持つことはありませんでした。

所が後年、遊びに来る学生の中で、能代出身の西方君が、酒好きなのに、酒の席を時々中座するのに気がつき、「一体何だ?」聞いてみると、プロレスを観に下宿へ帰るのだと言います。その西方君に、プロレスの面白さは、相手にケガをさせずに、如何にして必殺の技を見せ合うかにある、と解説されて、成程と、思ったことでした。

さて、力道山の伝記が出ました。北朝鮮の寒村を故郷に持つ、「シルム」(挑戦相撲)に強い男が、貧困から抜け出ようと、と海を渡り、日本名を名乗って「関取」となるも、韓国人では横綱になれぬ、とさとり、差別に甘んぜず、日本人の誰一人知らなかった「プロレス」なるショウスポーツに身を転じ、刻苦の末に王者になる、

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そして或る日、取るに足らぬことからチンピラヤクザに刺されて…死を迎える、という波瀾の人生、そしてそれにからまりつく「政治」。最後の一頁まで飽きません。

テレサ・テンなる歌手の声がなまめかしすぎて劣情(れつじょう)を刺戟する、つまりはワイセツであるとして、中国では彼女のレコードが「発売禁止」であると知ったのは、何の本であったか?「サントリー学芸賞」を受けた船橋洋一の「内部」(朝日新聞社)だったか?こ

れは初耳だったので、早速彼女のレコードを聞いてみると、これが仲々悪くない−どころか、実にいいのです。

留学生の金さんにも聞かせて、感想を求めると、テレサを知らなかった金さんは「日本語の訳よりも、原詩の方がもっとエロチック(好色的)だ」と言います。

それはそうだとしても、中国人はトウ・ショウヘイ始め、皆、これ位の声で一勢に発情するのかと馬鹿々々しく思っているうちに中国でもテレサ・テンを聞くことが可能になりました。そしてスターの座をしめて、着々と、…と思っていたところへ、突然の死。

中国共産党に追われた国民党の軍人の娘として生まれたテレサが、天性の美声と美貌を武器に、東洋、否、世界的になるという一生は、一見成功譚(サクセスストーリー)と思えるものでありながら、その実は、哀切きわまりないものであった、

そしてその理由は、中国対台湾という政治の図式の中に置かれたテレサの位置にあった、ということをダイナミックに、精細に、論じたいい伝記が出ました。これ又面白い。②2

この『あんな本、こんな本』の第6回目に双子山勝治の「土俵に生きて−若乃花一代−」を取り上げました。その時の書き出しはこうです。「私の父は相撲が好きで、若い頃には国技館までも出かけたり、勧進元もつとめたりしたそうで、我が家のアルバムには、赤ん坊の兄を抱いた三代高砂親方(二代目、朝潮太郎)と、193cm、140kgの巨体の横綱、男女の川(みなのがわ)が並び、その前に私の両親、うしろには力士がズラリと控えた写真が残っています。」

さて,相撲好きの父と、兄から、小さい頃、私が聞かされた話で印象深いのは、双葉山が強かったの、照国はどうだの、と言う話より、上記の巨体の横綱「男女の川」が如何に弱かったかと言う話です。図体ばかり大きくて、何となく間が抜けたようなこの巨人力士は、かくして私の関心を今に至るまで引いて来ました。

ズラリと並んだ力士の中でも一際大きいこの横綱はその後、如何なる人生を送ったのか。この長いこと引きずって来た関心を充分に満足させてくれる本が出ました。川端要寿の「奇人横綱、男女の川」です。横綱在位中に、人にすすめられて早稲田大学の聴講生になったり、引退後は衆議院に出馬して、もちろん落選したり、私立探偵になって、巨体故にすぐに目立って尾行が出来ずに失敗したり、あげくの果てに養老院の世話になり、最後は野鳥料理屋の下足番をつとめて死ぬ…こうして書き並べると、「奇人」の形容がついた訳が分ります。③3

私が笑ったのは、…早稲田で,憲法の時間に、六法全書を忘れて、中村という先生におこられて教室に立たされた…と言うくだりです。面白くて,やがて悲しき,人間の一生!!精神主義者の双葉山より、このノホホンとした男女の川の方が私の性に合うようです。

上記3冊、読んで、つまる所「いやはや、人生だなあ」と思います


  1. 大下英治・力道山の真実・祥伝社 (2004) []
  2. 船橋洋一・内部-ある中国報告・朝日新聞社(1983) []
  3. 川端要寿・奇人横綱、男女の川・小学館 (2002) []

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