山下敏明さんのあんな本、こんな本

第108回 情愛(阿部定事件より)

大学時代の昭和30年、秋、都電の中で「阿部定来る!」と言う吊り広告を見ました。吊り革にぶらさがりながら「へえー、阿部定は、まだ生きていたのか」と思ったことでした。 この広告、浅草の牛鍋屋のものと思っていましたが、今度調べ直してみて、上野は、稲荷町の「星菊水」という大衆酒場のものだった、とわかりました。

必要ないか、とも思いますが、一応阿部定(事件)について説明すると、定が、情夫の石田吉蔵を尾久の待合(まちあい=客が芸者などを呼んで遊ぶところ)で絞殺したあと、その局部(=ペニス=オチンチン)を切り取って逃亡した事件で、昭和11年5月18日のことでした。年表をかりると、昭和11年(1936)、定31歳、吉田屋へ奉公、吉蔵52歳を知る(2/10)事件(5/18).品川で逮捕される.(5/20)懲役5年の判決下る(12/20)となります。時代背景はというと.二.二六事件(2/26).日独防共協定調印.メーデー禁止.ロンドン軍縮会議から日本脱退.スペイン人民戦線派大勝.流行歌「忘れちゃいやよ」など.はやる.となります。田畑書房 ’76¥1339「 阿部定ー昭和11年の女ー」粟津潔他

私は、昭和11年生まれですから、昭和30年時には19歳、その時の阿部定はまだ50歳になったばかりです。「へえー.まだ生きてたのか」とは、まことに失礼な言いぐさだったと言わねばなりません。さて、私は昭和55年(1980)「老書生風流譚」なる小さな本を出しましたが、中で一章を割(さ)いて、「定」のことに触れました。

題して「一番可愛い大事なもの」です。言わんとしたことは、軍国主義全盛の世にあって、情愛一筋に燃えつくした「定」なる女性の存在と言うものは、一考に値(あたい)するものではなかろうか.つまりは人を感動させ、考えさせるののがあるのではなかろうか、と言うことでした。章のタイトルは「何故、石田の陰茎や陰のうを切り取ったのか」との質問に答えて、天真爛漫と言いたい程に快楽を極めようとした定が、愛情愛欲の思いのたけをこめて、「それは一番可愛い大事なものだから....誰にも触らせたくないのと...石田の陰茎があれば、石田と一緒のような気がして淋しくないと思ったからです...」と語ったことに由来します。

さて、話は変わりますが...目下、渡辺純一の「失楽園」が評判です。性愛の極限の姿としての不倫と心中を描いたものです。この3月初めで、既に70万部を売ったと言いますから、おどろきです。渡辺は、「夫婦になれば倦怠、怠惰が忍び込み、愛の形が、ぼけてくる。もっと男女が燃えたぎるものを保持しようとすると、愛は独占から、破壊に行くんじゃないかと思うんだ。」と語り、「愛はエゴイステックで、破壊的なものです.勇気と行動力のある”選ばれた人;しか本当はできない」と続け.そう考えた時に頭にうかんできたのは、「阿部定事件」と、作家.有島武郎と編集者.波多野秋子との心中事件だったと言い、更に、「阿部定は猟奇(りょうき=グロテスクで残忍なこと)事件のようにいわれるけれど、調書を読めば読むほど、(定が)純愛でそそられたねえ」とまとめます。全くその通りです.

「定」に対する深い共感があって「失楽園」は成ったのです。そこで、阿部定を扱った他の本も、ついでに読んでみませんか。  1はデザイナー.写真家.ルポライターなどが集まった「ドキュメントの会」によるものです。タイトルは”昭和11年の女、阿部定」です。①1

戦争一色に塗りつぶされた時代に、ひたすら男に惚れぬいた女、阿部定とは何者か?を問うた力作です。

2は丸山友岐子による「はじめての愛ーあべ定さんの真実を追ってー」です。②2

定 に対する訊門(じんもん)調書を完全に収録した上、豊富な文献もついています。この2冊、一時続出した興味本位の阿部定本とは違って、すこぶる真面目ない い本です。もう一冊、伊佐千尋の本「愛するがゆえに」が「文芸春秋」から出ていますが、私は見ていません.(品切中)ついでに毛色のかわったものを2 冊.

1は「19人の阿部定」愛欲の極地、独占欲の果てに男根切り取り事件をおこした19人の女性について語ったもの.

2は「実録ロレーナ 事件」夫婦ゲンカの末、妻が夫のペニスを切りとり近くの原野に捨てた...と言うアメリカの事件を扱ったもの.このロレーヌ.どうも定程の思想がありませ ん。@つけたり...「君、金玉だしたまえ.僕ボッキリ切ってやる...」なる歌が、私の小学生時代にありました。「阿部定事件」の影響だったかしらん??


  1.   ドキュメントの会.昭和11年の女、阿部定.田畑書店(1976) []
  2. 丸山友岐子.はじめての愛ーあべ定さんの真実を追ってー.社会評論社(1976) []

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