山下敏明さんのあんな本、こんな本

第278回 箸の文化さまざま

`08.10月18日

何年前だったか、韓国のホテルで夕食の時、こっちは2人でひっそりと飲んで食べているのに、15.6m程離れたテーブルに陣取った10名程の韓国人のグループが賑やか通りこして、うるさい程の食べ方で、悪いから、しげしがと見る訳にもいかなくて、ちらっと目をやるだけの見方だったが、どの人もしゃべる間は片方の手に、と言うより指に、箸と匙を同時に挟んでそれをチャラチャラとぶっつけ合いながら、口角泡をとばして、談ずるのに気がついた。

子供でよく指の間を鉛筆や万年筆を器用に転がしたりするのがいるがCユスジャズの時にドラマーが撥を指の間で回転させながら打つのがいるが、ちょうどあんな具合に箸と匙を動かしたりする人ともいて、それを使ってどう食べているかより、とにかくその二つを同時に挟んで音を出しながら、もてあそぶのに、不思議さを感じたものだった。我々は食事の間に、あのように箸で遊ばない。「箸の文化史1

話変わるが、遅まきながら人並みに韓国のドラマを楽しんでいる「太王四神記」「砂時計」「エア・シテイ」といずれも面白く堪能した。いくらか前某週刊誌でヨン様が4年振りだかで来日した云々との記事を読んでたら、大阪の空港に降り立つヨン様を迎えに来たファン達の中の中年のおばさん(と言うと悪いが)に記者が、どんな気持ちで迎えに来たのかと問うと「韓国語を勉強して迎えに来た」との返事で、どんな言葉を覚えましたかの重ねての質問に「これ」と出して見せたプラカードにある文字が「ヨン様私を抱いて」であった、云々で、イヤハヤと辟易(へきえき)したが「太王四神記』で見ても、ヨン様の魅力はさもありなんと思われた。ところで、「エア・シテイ』の方には「チェ・ジュウ(でいいのか)と、「イジョンジュ」(でいいのかな、なにしろ漢字ならともかく、ハングル文字ででるから仲中覚えられぬ)の美女美男が出てイヤ、これ又波瀾万丈、1巻見たら2巻目は来週なんぞとのんきには行かぬつまりは直ぐにも続きを見たい面白さで、参ったが、そのイ・ジョンジュが飯の時に匙で御飯を豪快(と言うのも変だけど)にすくってたべて..で、米の飯は箸では食べぬのだ。

「箸のはなし2

そうだ、そうだとここで思い出したのが韓国のホテルでのあのドラマーみたいな箸と匙の持ち方。

韓国では箸と匙がセットでこれを「匙箸(すじょ)」と言い、右手に同時に持って、御飯は匙で食べ汁気のないおかずをつまむときには箸を使うので、だから匙で飯をすくっている時は箸の方は、握り箸のような具合になる訳だ。

箸を使うのは粘り気のある米を主食とする東アジアの人々で、モンゴル、中国、韓国、日本ベトナムがそうだこれ世界の20億人の内10人に3人が使っている勘定になる由。ところが「箸」だけ使うのは日本人のみ。

例えば中国人は散蓮華(ちりれんげ)と箸を使う。散蓮華と言えば、この頃、そば屋でも散蓮華にソバを一旦取ってから食べる人がいるが、ありゃ好かん食べ方だなあ、赤ん坊に一つ一つさまして食べさせるんじゃあるまいしなあ。

この間、Sさんより「箸装」なるものをもらったので、そのうち「My箸」なるものを持ち歩こうと思っている所だが、

この「My箸」の発想には「割りばし」は森林資源の無駄使い浪費の元凶なる考えがあって、これに対して、否そうではない、「割りばし」は一石二鳥どころか、一石三鳥の効果があって、それは① 割り箸の原料は製材の時に出る木片、植林事業での間伐の時にでる間伐材の利用であってこれは、むしろ森林を保全するものだ。そして②使い終わった割箸は」は回収後に、細粉砕され、棚やテーブルの「しん」に使われるパーティクルボードにリサイクルされる。そして③このとき、この作業が知的障害者の厚生施設に委託されることが多いから、障害者の雇用の一助になっている...で、一石三鳥。とまあこう言う具合だが、この両者の言い分は割り箸の様にスパーッと割り切れぬ。

「箸の本3

ここで又妙なことを想い出したが、中学3年の時の担任H先生は結核を病んだ人だっ太が、あるとき日本人はクシャミをする時「たなごころ」の方で口をおおうがソ連の人は「たなごころ」を外に向け、手の甲で口をおおう、この方が衛生的だ...と言った。とこれを来合わせた「ふくろうの会」の田村さんに話している中に、そう言えば「たなごころ」にバイキンがつくと、この手でつかんだものにはバイキンがうつるが、手の甲でやると、いささかその度、バイキンが広がる度が、少なくなるとの理屈だったことを思い出した。もう一つ言ったのは、そのソ連ではマッチの軸を日本の半分だか2/3だかに短くして大事な樹木の消費量を減らしている。日本でも見習うべきだし、マッチのみならず、「割ばし」も今の半分の長さでいい...と言うもの、

成る程と思いつつ聞いていたが、そしてその後、折り詰めなどで、短い箸に出会うこともあるが、余り使いよいものではない。

第一箸の長さも食文化に関係ありで、中国人が使う菜箸みたいな長い箸は、中国では大皿に盛られた料理を、自分の箸で他の人にとってあげると言うことが「親愛のしるし」と看做されていて、その手を伸ばして取り分ける際の長さが必要な訳で、だからとてこれが箸文化の万国に共通とはいかぬ。日本人の箸の理想の長さと言うのは、「ひとあた」+「半あた」であって、「ひとあた」とは親指と人差し指を直角に開いたときの両指の頭から頭を言う。その1.5倍がいい長さと言うのだからまあ、My箸をちょっくら計ってごらんなさい。ところで御飯のお代わりの時に空になった茶碗を箸でたたく馬鹿がいるが、あれは「叩き箸」と言って「茶碗を叩く餓鬼が来る』と言われて古来悪霊を招く行為として、してはならんこと。もっとも東大寺の二月堂の「お水とり」の時は、終始無言の修行だから日本では唯一箸で机などを叩いてもいい事になっている。

「箸の絵本4

もっともな、こう言ったとて「月がわびしいい路地裏の〜」と来て「〜知らぬ同志が、小皿叩いてチャンチキおけさ、おけさ切なややるせなさ」と浮かれる国民性だものどこで何をやらかすやら???。




  1. 一色八郎.箸の文化史.御茶の水書房 (1990) []
  2. 阿部正路.箸のはなし.ほるぷ出版.(1993) []
  3. 本田總一郎.箸の本.柴田書店 (1978) []
  4. つつはしとしこ.箸の絵本.農山漁村文化協会(2008) []

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