`95.4月19日(水)寄稿
この「あんな本、こんな本」の第14回で、私は石坂昌三著「象の旅1 」(新潮社)を紹介しました。享ほ3年(1728)に、長崎に輸入された象が、時の八代将軍、吉宗の求めに応じて、74日もかけて、長崎から江戸まで歩いた事件を扱った面白い本でした。
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74日もと書きましたが、アメリカには2頭の象を引き連れて、5年間も歩いた男がいます。歩いたと言っても、この男マレー・ヒルは「重窃盗」の容疑者として、全米に指名手配され、FBIをも含む追っ手達によって、追われながらの...つまりは逃亡生活だと言うのですから、話は只事ではありません。
しかも、「重窃盗」したのは何か?となると、これが、連れ歩いたメスのインド象2頭だ、と言うのでウから、話がややこしい。話を整理しましょう。
マレー・ヒルは2頭の象を盗んで、指名手配を受け、FBI達に追われながら、5年間逃げおせた、と言うのです。
いくら、アメリカは広大だ、と言っても連れ歩いたのは犬、猫ではありません「象」なのです。こんな事が可能な筈はないと、思うのは私ばかりではありません。「象と逃げた男2 」
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ようやくつかまって、監獄に収容された新入りのマレ・ヒルにビッグ・マイクなる囚人がからむ場面がプロローグにあります。その2人のやりとり... 「...5年も、2頭の象を連れて逃げまわったのか?」
「ああ、トーリとーダチェス(メスの象の名)と一緒にな、...」
「おれは1グラムのコカインを隠して捕まったんだぜ、2頭の象を隠せるもんか」「けっこう簡単だ」
それにしても何故、マレーは「象」なんかを盗んだのか? 実は、マレーは象使いで、ケガをしたのをきっかけに、使っていたメス像を同業者に売り渡したのです。ところが、相手は金は呉れぬは、おまけに、マレーが愛情をこめて「あの娘たち」と呼ぶ2頭を虐待していたのです。
これを知ったマレーは憤って、2頭を助け出す(=盗む)のです。この「けっこう簡単」な話まことに聞くも涙の、感動の実話です。
このマレーが聞いたら憤死しかねない事件が、かって日本にありました。第二次大戦中のことです。
食糧難から来るエサ不足の上に、爆撃下での凶暴化をおそれた軍部によって、日本中の動物園で実施されたいわゆる「戦時下猛獣虐殺」事件です。
ところが、この虐殺の真の発端は、時の大達茂雄(おおだちしげお)なる東京都長官が「いまや非常寺局、国民は動物園や、映画館にでかけている時期ではない。そこに魅力的動物がいるから国民の足が向く、その魅力的なものがいなくなれば、国民を戦争に総動員できる」との発想から下した命令にあった、と言うのですから、呆れます。
この男が、戦後吉田内閣の文部大臣をつとめたと、知れば、あいた口はなおふさがりません。
同じく戦火に見舞われたヨーロッパや、イギリスにも例のない、この動物虐待事件の詳細を語ったのが、山崎元の「象はなぜ殺されたか 」で、この一読胸うたれる一文は、名著「発掘、昭和史のはざまで3 」の巻頭をかざっています。
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この書名通り新資料に満ちた、平明で真摯(しんしーひたむき)な昭和史、論集を、面白いと言っては、多年、司書として、国立図書館に勤務した先達(せんだつ=せんぱい)山崎さんにおこられそうですが、私の語法では、「面白い」と言うのは賛辞の最たるものなのです。
さて、この「軍部の凶暴な命令によって、...ゾウばかりか、クマ、ライオンなど、...“猛獣が殺害された事件については、かなりよく知られているし、あまりにも憐れで,口惜しくて、筆にするにも忍びないので省略した。
との文章が「あとがき」にあって、その余のことは「ほぼすべて」書かれていると思われる「象」についてのいい本があります。実吉達郎(さねよしたつろう)の「アフリカ象とインド象ー陸上最大動物のすべてー4 」です。
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「日本人が象牙細工、美術品、象牙の箸。玉突きの玉。三味線の撥(ばち)、印材、耳掻き、ヨウジに至まで輸入を止めるならば、アフリカゾウが、3〜5万頭も助かるのだ!」と説きつつ、西洋人の象狩りに対して、激しい怒りと嫌悪を示す著者。と紹介すれば、説教くさい本と思うかも知れませんが、この本は違います。
象に対する愛情に満ち、しかも博引で、それ故、面白いのです。以前読んだ実吉の「西遊紀動物園」も楽しい本でしたが、この本も又楽しいものです。
5月の連休を間近にして、何か面白い本はないかなあ?と思っている貴方に、自信ををもって、この3冊を「ぞうぞ」(ありゃ、間違った)「どうぞ」とすすめます。
(つけたり)昭和天皇はインド象の足で作った珍しい「クズカゴ』を愛用していた由、金泥を塗った立派なもので、何でも尾張徳川第19代当主の徳川義親が、マレー半島のマレーシアで行ったハンティングで仕留めた11頭の象の足から、44個作られたもののうちの1個の由。全く、全く!!!!