第020回 川上澄生の版画と没後20年記念講演

`92.10.02寄稿

右図は私の好きな画です。版画家にして詩人の川上澄生(すみお)の「的」と題する作品です

恋愛の神『キューピッド』の矢に射抜かれた男の顔の表情の絶妙さ....何の説明もありません。恋とはかくなるものです。下の図も「顔」と題する澄生のもの、これも私の好きな画です。これ又何の説明も要しません。好きな女(人)以外は目に入らぬのです.他は、有象無象(うぞうむぞう=種々雑多なつまらぬ人)なのです。つまりは、塵芥(ちりあくた=ごみくず=値打ちのないもの=とるに足らぬもの)なのです。

さて、先月9/1〜9/6日まで、苫小牧市立中央図書館で「川上澄生没後、20周年記念文芸美術展」が開かれました。何故、苫小牧で?というと、澄生は1945年(昭和20)50才の時、アメリカの空軍の空襲を逃れるため、宇都宮から、奥さんの実家のある、北海道は胆振国(いぶりのくに)勇払郡(ゆうふつぐん)安平村(あびらむら)追分(おいわけ)に移ったからです。

そして、苫小牧中学校の(現.東高校)の英語の先生をしながら、地元の芸術愛好家達と、交わった、という縁があるからです。

苫小牧での展覧会では嬉しいことに、あわせて「澄生」を語る」講演会も開かれました。澄生作品の蒐集家として有名な山下正氏が身体不調で欠席となったのは、残念でしたが、あとの3人の演者(いずれも苫小牧在住)と演題は次の如し。

1) 遠藤ミマン(詩人.画家)「川上澄生の生き方と文芸作品」

2) 浅野武彦(医者)   「川上澄生の版画」

3) 川上不二盡(ふじ)(獣医澄生の長男.昭14生)「父の思いで」

愉快で奔放(ほんぽう=勢いのいい)な詩人の論、正統的で緻密な医者の論、親味な息子の論、と各各面白いものでした。

さて、一方来る10/6〜10/11に、白老中央公民館で、澄生先品のコレクションで知られる新潟は柏崎市の「黒船館」の協力を得て、「風となりたや、川上澄生版画展」が開かれます。何故白老で?というと、澄生は,昭和20年6月に、追分から白老に移り住んだ縁があるからです。

昭和44年に出た澄生の「履歴書」の中の一節には、「白老駅前に棒杭が立ててあって、“白老郡白老村大字白老字白老”と書いてあって何でも白老づくめなので吃驚した」とあります。その字も今では立派な町です。

ポスターの前文「風となりたや」は左図の名作「青髭=あおひげ」の中の一枚に因んだものです。

棟方志功(むなかたしこう)がこの画を見て、版画を志したのは有名な話です。



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