`93.4.16寄稿
高校生の時の同級生Mは、映画が好きで,その点では、私と話しがあいました。映画館の真前に住んでいたMは、いつでも,私より先に観ていて感想を聞かせてくれたり、すすめたりしてくれるのですが、どうも、その薦めてくれる映画が、私には一向に面白くないのです。それで,ある時「どうも,お前の進めてくれる映画は,俺にはいい映画とは思えんがな」と言うと、Mはニヤリと笑って、「気付いたか。そりゃそうさ、つまらんさ」というのです。
訳を聞くと、Mとしては、折角お金を払って見ているのに、駄作だとなると、自分だけ損をしたようで嫌だから、他の奴にもすすめるのだ、というのです。逆に面白い映画は,自分だけのものにしておきたいから,他には教えないのだというのです。
この気持ちわからぬではありませんが、これ矢張り一種の吝嗇(りんしょく=けち)というものでしょう。
さて、本好きなわたしにとって、いい人間とは、まことに単純ながら、いい本を惜しげなく教えてくれる人です。
フランス文学者にして、文芸評論家の河盛好蔵(かわもりよしぞう)は,無論本を通じてですが、いい人の中でも最良の1人です。この読巧者(よみこうしゃ=上手な人)から、私はどんなにか沢山の本を教わり楽しんで来たか知れません。
「文学空談 1 」
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河盛が教えてくれた作家や本は,色々とありましたが,その中で,私が一番知ってよかったな、と思っいる作家は,河盛が実に楽しい本「文学空談」の中で取り上げた木山捷平(きやましょうへい)です。※「文学空談」は残念ながら絶版です。木山が,昭和22年,戦後の食糧難時代に作った詩「妻」を読んでみて下さい。
「妻」 『団子や芋を食うので 妻はよく屁をひるなり。
すこし遠慮もするならん それでも出るならん。
しかしぼくはつくづく離縁がしたく思うなり。 』
間違っても、「まあ。お下品だわ」などと、お上品にして,月並み(つきなみ=平凡)なことは言わないでください。
おかしみと哀しみがとけ合った,このような詩を書く作家、山木の机の上はどんなものでしょうか。
「木山捷平2 」
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「〜スタンプ並びにスタンプ台、ジュラルミン製の煙火のケース(これは切手入れ)竹の箒立(これは長男が小学生の時図工の時間に作ったもの)陶器の箒立(これは鮨屋から譲り受けたーかっぱらったのではないー湯のみ茶碗)アルマイト二升二合入りの大薬缶(これは水差しの代用)電気湯沸かし器、急須と茶碗〜」ー随筆「机の上」ーこの清いばかりの「つましさ」はどうでしょうでは、この作家はどんな家に住んでいるのでしょうか。
木山の住む家は,13坪の家です。つまりたたみ26枚分の家です。これではさすがに手狭いうので、或る時,7坪の2階を置きます。
すると,知人の大学教授が「木山のやつ、増築だなんて偉そうなことを言っているが、あんなのは英語ではプットオン(おかぐら)というんだよ」と小憎らしくも品のないことをいいます。(おかぐら=平屋に二階を建てますこと)
しかし,木山は「大学教授だけあって、うまいことをいう」と意に介しません。木山の絶品と私が思っている「軽石」は、この13坪の家の小さな庭で焚き火をするところから話しがはじまります。
「大陸の細道3 )
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みかん箱や,りんご箱を持ち出して燃やすと,灰の中に釘が残ります。そうしてたまった釘は?....この傑作、探偵小説ではないとは言え,話しの結末を教える訳にはいきません。
しかし、こんなにもゆったりと,人生、もしくは生活の味わいを感じさせる作品は、そうざらにはありません。
さて木山捷平全集(講談社版昭和54年刊禅巻)は今では古本で12万円1セット12万円の全集では,人に進めるのは無理だな、と思っているところへ,筑摩書房から、いい一冊本が出ました。又幸いな事に,昭和37年(`62)、木山58歳の時に、「芸術選奨文部大臣賞」を受けた,長編「大陸の細道」も「講談社文芸文庫」にあります。
清貧を貫き,人生の諸相に対するに,生来の飄逸(ひょういつ=世事を気にせず、明るく呑気な様子)と,剛毅(ごうき=意志が強固で不屈なこと)をもってした木山の世界を味わってみませんか。折よく入念にして平明な,心のこもった、いい案内書「木山捷平の世界4 」も出ました。
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※つけたし
或る時知り合いの少女が「もらってくださる?」とて緋鯉の養魚を持って来たあいにくのこと池がない...窮余(きゅうよ=困ったあげく)の一策、使っている火鉢の一つをあけて飼う事にし、寒さよけに毎晩自分の古外套(がいとう)をかけてやる...と言った作品が木山にはあります。−少女の鯉ー
真似をした訳ではありませんが,私も五月になると,親からもらった瀬戸の火鉢を庭に出して室内で越冬した全魚を放つのです。オッホン!!