第033回 日本人と金魚を知る本

`93.5.7寄稿

1990年の1月から6月末までの毎日曜日,朝日新聞では,家庭欄に、作家の中野孝次による随筆「ひとり遊び1 」を連載しました。その13回目、`90年4月1日の文章は「メダカ」と題するものでした。池の水がぬるんで,動きが活発になって来たメダカが,話題でした。可愛らしいメダカが,共食いをするのを見て,意外な獰猛(どうもう)さに驚いた中野は、情けなくなって、ブリューゲル(フランドル派の画家)の「大きな魚が小さな魚を食う」という版画を思い出した、といのです。

「漁師が船より大きな魚の腹を裂くと中に中小無数の魚が詰まっていてその魚どもがまたそれぞれ腹の中に自分より小さい魚を詰め込んでいるという、人間社会の貪欲(どんよく)さを描いた諷刺(ふうし)画だが、あれがまさかメダカの世界でも行われていようとは。」著書「ブリューゲルの旅2 」で、第24回日本エッセイストクラブ賞を受けた中野らしい感想です。

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因みに,メダカは最近では愛玩用と言うだけではなく,基礎生物学の分野では,実験生物としての有用性がたかまっています。

江上信雄「メダカに学ぶ生物学3 」(中央公論社(中公新書931)`89年刊¥600)はそのあたりのことも含めてメダカを語ったいい本です。さて、中野はこの「メダカ」の最後で,地方ごとに呼び名が違うメダカの名を、ザコ、ジャコ、メザコ。メダカ、メンパ、メンタ、ウキスとあげたあと「その他御存知の方があったら教えていただきたいものである。」と結びました。

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これを読んで私はお節介ながら,次のような手紙を中野に出しました。

イ)魚は一体に異名がが多いものだが,メダカは中でも一番で,角川書店「図説・俳句大歳時記」にはメダカの方言は2000種、とあるーが

ロ)小学館「日本方言大辞典、全3巻によると,和名メダカにはおおよそ4700種の異称があるーとあって

ハ)そのため、方言研究者泣かせであることなどなど。

折り返し,中野から丁寧礼状がきました。左のものがそれです。

さて,私は毎年5月の連休に入ると,睡蓮鉢やら瀬戸の火鉢やらを5つ程庭に出して、水を張ります。室内で越冬させた,金魚とメダカを鉢に放し,土中に埋めておいた睡蓮の株を埋(い)けるためです。

そして,夏来るとなれば,あでやかに開いた赤や白の睡蓮の花のしたを、メダカの親子や,金魚達が,或いはすばこしく、あるいはゆったりと泳ぐ、、、という訳で,それを待つのも見るのも、誠に心なごむものです。さて、メダカや金魚を放して、暫くすると、不思議や、いつの間にか、どこからか、アメンボが来て泳ぎ始めます。

俳句の世界では「水馬」と書いて「みずすまし」とも読ませる、アメンボはつかまえると「いもあめ」のような匂いがするので、アメンボと呼ばれるようになったとのことですが、この虫の動きも面白くて、見ていてあきることがありません。

いかにして、このか細い足のアメンボは、水中に沈まずにいられるのか?この謎をレーザー写真などを使って平明に説明してくれるのが「アメンボのスケート4 」です。この本を読んだあとで、アメンボを見ると、アメンボが何だか大きく見えて来ます。

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金魚をいれるには親からもらった瀬戸の火鉢を代用しているのですが、4年程前に「大中国展」で見た金魚鉢には驚きました。「大」の名に恥じず鉢の値段がナント、最低20万から最高80万円なのです。そして、値もさることながら、もっとたまげたのは、鉢の模様の目もあやなのに加えて、鉢の内側にも様々な姿態の金魚が何匹となく描かれていることでした。

岡本かの子の小説の題ではありませんが、正しく「金魚撩乱」(りょうらん=入り乱れること)なのでした。金魚の原産地、中国ならではの「金魚文化」の一端(いったん=一部)なのでしょうか。

金魚は、今から500年程前、日本に渡来したそうで、寛永元年(1748年)に出た、安達喜之著「金魚養玩(育て)草 」には「元亀2年(1502年)泉州左海(さかい)の津に渡来」と出ている由、左海とは、今の大阪府堺市のことです、


今では奈良県大和の郡山市が、金魚生産地として有名ですが、同市の金魚研究家、石田貞雄の金魚コレクションを中心に、金魚のあれこれをまとめたのですが、実に珍しい本「金魚グラフィティ5 」です。

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「金魚の系譜」から始まって「文化趣味と金魚」「工芸に見る金魚文様」と続く興味満点の記述の面白さはいわずもがな、目をうばわれるのは、金魚を絵柄にしたものの数々です。

日本人は、容器、衣類その他にこんなにも多様に、金魚の図をあしらって、日々楽しんできたのかと只驚かされます。

メダカ、アメンボ、金魚の本を読みかつ眺め、飽きたら鉢をのぞきこむ...かくしてやがて訪れる夏も、また楽しからずや!!です。

  1. 中野孝次.ひとり遊び。朝日新聞社(1990) []
  2. 中野孝次.ブリューゲルの旅.文藝春秋 (2004) []
  3. 江上信雄.メダカに学ぶ生物学. 中央公論社(1989)  []
  4. 日高敏隆.アメンボのスケート.岩波書店 (1982) []
  5. 石田貞雄.金魚グラフィティ.光琳社出版 (1986) []

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