第177回 入れ歯の本 浪曲演歌の本

`01.1.17寄稿(水)

大きな声では言えないが、「小指」のことで、我妻さんに二度、ど突かれた。我妻さんとは、我が妻のこと。「小指??女性??貴方が噛んだ??イッヒヒ!!」なんて早とちりをしてくれなさんな。

実は、奥歯が痛んで歯医者に行って、入り口の戸に右手の小指をはさまれ、小指の爪が割れてしまった、、、のだ。それで、そこにガーゼ付絆創膏(ばんそうこう)をはって、つまり小指をカバーして、痛い小指だけを一本立てて、晩酌をしていたら、それをじっと見ていた我妻さんが、「こら、敏明、ざけんなよ」とのたもうて、とたんに一発頭にバシッと来た訳!!  どうして???

「生酔い」+ 「衝撃」= クラクラ頭で よくみたら、バンソウコウを間違えて、痛くもかゆくもない薬指にはって、その指を立てていたのだ。本当に痛い方は隣でうなだれていた訳。バンソウコウをはった割りには、何だか、スースーするな、、、とは思っていたが、指を間違えていたとはな!!

笑いながらのど突きではあったが、いやいやびっくらこいた。

歯医者と言えば、私の女友達が先日歯医者でおこられてショゲテおった。治療中に「痛い」と言ったら歯医者が突然おこりだして「私は何年も歯医者をしていて腕には自信をもっている、それを痛いとは失礼な、今日はヤメだ、帰えんなさい」ときたのだそうだ。

痛みの極限は快楽に通じる、、、からとて、痛みをガマンさせるのは、サド先生の思想だ(と聞いているが、私はよく知らない)が、この歯医者ひょっとしてサデイストではないのかしらん、彼女が痛みをガマンして、「ウッフン心持ちいいー」とでも言えば、治療続行だったのかしらん。

それに較べると、我が歯医者は明るく面白い人で、ガリガリやりながら、こっちの頭をテストしたりする。小指をケガした日も、「山下さん強 に ちと書いて何と読む?」と言う。「そりゃ、あながちだ」と、起き直った時に答える。すると又、倒されて、「サンズイにユーの字ね、それを二つ重ねて、最後に婆は?」ときた。「サンズイにユー?油か、油二つに婆??、こりゃ、わからん」とギブアップしてよく聞くと、「湯湯婆」だった。これは「ゆたんぽ」だ。てな調子で、学力テスト兼治療にまだ通っているのだが、折よく「入れ歯の文化史 最古の人工臓器1 」が出た。

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私は前にこのシリーズで(第49回)神津文雄「歯の神様、民俗人の旅」(銀河書房)と長谷川正康「歯の風俗詩」(時空出版)を紹介したことがあるが、この本も面白く、いい本だ、女友達にも教えて、治療中断の歯医者にも読ませるように言おう。否、こんな自信過多の威張屋には、鼻からでも耳からでも指をいれて、奥歯、イヤ、入れ歯ガタガタシテヤルゾの方がシャキッとなって、医者の本分を思いだすかも知れぬ。

話かわるが、美空ひばりが出現した時に、残酷なまでに噛みついてケナシタのは、劇作家.批評家の飯沢匡(ただす)だった。「ヤンボウ.ニンボウ,トンボウ」作者である。彼の「ひばり嫌い」の根底にあるものは、演歌的なもの、浪曲的なものを嫌い、欧米的なものを良しとする感覚にある。もっとも、後年、彼は、自分が間違っていたと、前言を正すのだが。

高木東六なる作曲家も、演歌嫌いで、シャンソンの方を高しーとした。

私は、演歌も浪曲も大好きなので、演歌よりもシャンソン、だあ、新派劇よりもオペラだのと言う手合いを余り信用せぬ、

まあシャレタつもりの連中のことはどうでもいいが、浪曲について素晴らしい本がでた。「〈声〉の国民国家・日本2 」だ。浪曲の正と負.つまり浪曲の持つ、面白さと同時に浪曲の持つ「いやらしさ」を語って余すところがない。

「いやらしさ」とはつまり、浪曲がその中身とするところの忠君愛国.義理人情.無宿征世 の生き方.等々で.それはそれでいいのだが、それが、政治的に利用される時の「いやらしさ」が問題で、占領軍が浪曲やら時代劇映画を民主主義に対するものとしてとらえた所の姿、、、そのあたりが実にじっくり書き込まれていて、演歌大好き派も大嫌い派も、おのれの所存を見きわめるためにも、読んでしかるべき本だと思う。

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これははむずかしいと言う人でも、「浪花節繁昌記3 」は難なく読める筈、「説教節」に始まる浪曲の始原から、戦後の黄金時代までを語るのだが、大西自身が浪曲作者だから話題が皆生きている「。寄席恋慕帖4 」は大西の師匠だった人で、名作中の名作「天保水滸伝」の作者、正岡容の本、私はこの本、並製と特製をもっているが、並製は絶版。

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正岡(1904〜1958)は永井荷風に心酔し、酒におぼれ、女におぼれ、、、と言う破滅型の人だが、死後再評価を受けた人、、、。こういう人とこういう本がある、と言う意味で、あげておく。〜遺憾ながらも紙幅がつきた、これにとどむる次第鳴りイ〜。

  1. 笠原浩.入れ歯の文化史 最古の人工臓器.文芸春秋(2000) []
  2. 兵藤裕己.〈声〉の国民国家・日本.日本放送出版協会(2000) []
  3. 大西信行.浪花節繁昌記.小学館(1998) []
  4. 正岡容.寄席恋慕帖.日本古書通信社(1971) []

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