第302回 人は見かけで分からぬもの

`10.10.寄稿

過ぐる9月3日は(金)、室蘭プリンスホテルで,拙著「本の話」「続」の出版記念が行われた。発起してくれたのは刊行元の室蘭民報社と,私と「ふくろう文庫」を支援してくれる「ふくろうの会」。130人余の来場者を迎えて,楽しく盛大に終わった事に、ありがたく感謝の言葉もないくらいだ。

周到な計画と、おかしみあふれる司会の大役を担ってくれたのは「ふくろうの会」の事務局長田村博文さんだったが、田村さんの氏名を受けてスピーチしてくれた5人の中の一人が、室工大名誉教授の狐野先生だった。

狐野先生は、室工大で英語と比較文化論を教えていた。私も大学で英文学を専攻した者だから、理工系の中にいて文科系の話が出来る先生とは、正しく肝胆相照らす気持ちで接する事が出来たので、その先生のスピーチは誠に嬉しいものだった。

先生は夏冬の休みに、数回イギリスへ研究の為出かけて、大学のみならず、大英図書館の司書達に世話になった事などを枕にして、室工大でも文献を集めるのに私の手をわずらわせたことを述べ、何にでも詳しくて、「日本は英国などとは違って肩書きだけの司書が多いが、山下さんはプロの自覚を持った本当の司書」と褒めてくれた。過褒と思いつつも、私は嬉しかった。先生は英国に何の為に出かけたか?。18世紀の詩人にして版画家、そして神秘思想家のウイリアムブレイクを調べるためだ。その時、先生の指導官になった人はM・パットリンで、ロンドンのテート・ギャラリーの美術部長だった。このパットリンの上に、アンソニー・ブラントがいた。この人は「ブレイク論」を書いた人だ。

話変えるが、イギリスにはアメリカのCIAに相当すると思うが、スパイ機関が2つある。正確に言うと、英国情報機関の中の防課部門は内務省に所属するが、これは又保安部と訳してもいい組織で、その中のM15が国内関係を扱い、M16が国外関係を担当する。

そして、話を元に戻すが、先述のアンソニー・ブラントは、このM15の要員で、連合軍や枢軸軍の情報をソ連軍に流していたスパイだったのだ。

このブラント最大の手柄(スパイとしての)はD.マクリーンガイ・バージェス、ハルロド・キム・フィルビーなるいずれもケンブリッジ大学の大物スパイをソ連に逃した事だ。ブラントの表向きの仕事は、英国王室美術館の鑑定官だったから、これが分かった時には,当時の首相サッチャーも困り果てた。

つまり、狐野先生は全く知らずしてこの大物スパイに会った訳で,その辺の事を私は「本の話」の第52回(1991-3/30日付け)に書いた事があるので、それのコピーを序に挙げておく。

「裏切りの季節1

さて、M15については「本の話』第一巻にまかせておいて,この9月末ロンドン発のニュースによると,今度M16の正史が英国で初めて出版された由,著者はベルファーストに在るクイーンズ大学のキース・ジェフリー教授。

因みに、Blfastは北アイルランドの首都だ。麻織物と造船工業で有名なところで,ベルファースとは、ケール語で砂州の近くの渡し場なる意。

ジェフリー教授は、この40年間に限って関連極秘文書の閲覧の特別許可を受け,出来上がったのは801pと言う大著。

ここで40年間と言うのは、M16の創設が1909年で,それ以来第二次大戦直後の1949年までの意だ。邦訳が待たれるが、同記事の解説ではイタリアの港での船の爆破、ナチス指導部の暗殺計画etcと、まあ、ジェームズ・ボンド以来の「007」シリーズが全くの作り事でもないとの印象を与えられるもののようだ。

英文学をたしなむとまでは言わなくとも、スパイ小説や推理小説愛好家にとっては、かのサマセット・モームや、グレアム・グリーンがこの機関の一員であったことは、とうの昔に知られた事実で、彼らにはその時の経験から生まれた諸作品がある。例えばモームには「アシュンデン2 」がある。

この「アシュンデン」についてはナチのゲッペルスが、英国人が如何に狡猾かつ陰謀家であるかは、この「アシュンデン」を読めばわかる...と言っている。

又例えば、グレアム・グリーンには「ヒューマン・ファクター3 」がある。

この物語、一説には1963年にソ連に亡命したスパイ、キム・フィルビーがモデルではないかと、言われている。キムと言えば、先述したA・ブラントが、ソ連に逃がした3人の中の一人だ。因みに残るマクリーンとバージェスの2人は同性愛関係にあった。おまけにキムはマクリーンの妻君と愛人関係にあった。それで、この3人のスパイ達を含めた連中を「ケンブリッジ・コミンテルン」と呼ぶ代わりに、ホモを引っ掛けて「ケンブリッジ・ホミンテルン」と冷かす向きもある由。

因みにコミンテルンとはロシア語でKomintyern で、1919年レーニンがモスクワに作った共産党の国際組織の事。もう一つ因みに、オックスフォード大からはスパイは1人も出ておらぬ由。

「007」の原作者イワン・フレミングはわかるとしても、「ツバメ号とアマゾン号4 」児童物作家アーサー・ランサムもスパイ、即ちM16の要員でござるよ。「寒い国から帰ってきたスパイ5 」のジョン・ル・カレもそうだった(らしい)。


人は見かけで分からぬものだ。

 

  1. アンドルー・ボイル角田正弘訳.裏切りの季節.サンケイ出版(1980) []
  2. モーム.アシュンデン.新潮文庫(1963) []
  3. グレアムグリーン.ヒューマン・ファクタ.早川書房(1981) []
  4. アーサー・ランサム.ツバメ号とアマゾン号.岩波書店 (1967) []
  5. ジョン・ル・カレ.寒い国から帰ってきたスパイ.早川書房 (1978) []

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