第392回(ひまわりno208)「ミノタウロスの迷宮、実在せず」. 鶴彬没後80年. 強制収容所とロマ

2018.10.7寄稿

9月初旬、「ミノタウロスの迷宮、実在せず」の見出し、「米大研究者が最新調査で結論」との副見出しで、ギリシャ神話の牛頭人身の怪物ミノタウロスと、それが閉じ込められていたLabyrinthos=ギリシャ語で迷宮=ラビュリントスはなかった、と報道された。(英紙タイムス)

調査したのは米国シンシナティ大学のアントニス・コツォナス。ラビュリントスはクレタ王のミノス命令で名工ダイダロスが設計した迷宮で、入ったら出られない仕掛けになっていた。何で又こんな厄介な建物をミノスは作ったのか。ミノスの妻と雄牛との間に生まれたのがミノタウロスで、ミノスはこの人間とも動物ともつかぬ怪物の始末に困り果て、これを外に出さぬために迷宮を作らせたのだ。

一方ミノスの息子で万能のの競技者アンドロゲーオスはアテネの大会で全種目に勝つが、これを憎んだアテネの王アイゲウスによって殺される。ミノスは激怒してアテネを攻めようとするが、思い直して代わりに乙女と青年7人をミノタウロスの餌食として差し出せと要求する、云々。この神話の舞台はもちろんクレタ島。クレタ島のクノックス遺跡を発掘して、先述のギリシャ神話が実在するとしたのはサー・A・エヴァンズ。そのエヴァンズの業績が今回否定された訳だ。私は昔この迷宮に行ったことがあって、私の感じでは誠に迷宮めいていて神話の解釈はともかくとして、迷宮があったことは信じている口だ。クレタの後私はロードス島他に移って、と旅の思い出は多々あるが、今それはおいて、ここではクレタ文化の解釈としては一番妥当だなと思う本を一冊だす。アーサー・エヴァンズ説に挑んだのは独シュトウットガルト大学のハンス・ゲオルグ・バンダーリヒ。迷宮は何のために作られたのか。これ程面白本はそうないな。「迷宮に死者は住む1

気付かずにいたが、今年は反戦川柳作家、鶴彬(つるあきら)没後80年だそうな。

鶴彬(本名・喜多一二)(きたかつじ)(1909〜38)は石川県に生まれて、昭和12年(1938)にその反戦思想のために治安維持法違反に問われて野方署に留置され、ここで赤痢にかかり、昭和13年に国立豊多摩病院で死んだ。今赤痢でと書いたが、これについては湯浅謙なる元731部隊にいて伝染病の専門医師だった人の証言がある。曰く「留置所で普通の赤痢で死亡することは皆無である。とても考えられない特異な例だ。赤痢添加物を食べさせ実験してから、赤痢菌を多量接種して死亡させる、は考えられる。〜鶴彬はマルタ1号にされたのではにでしょうか」(楜沢健「だから鶴彬」春陽堂2011)因みにマルタ(丸太)は傷病兵に対する隠語(1937年当時)であった由。この731部隊について今では説明するまでもないと思われるが、念のために書くと、「人体実験と細菌兵器攻撃」を担当した旧陸軍の組織で、今現在でも、例えばペスト投与の人体実験が疑われる論文を執筆した同部隊の軍医将校に対して、学位を授与した京都大学で調査さが続いている。研究者の軍事協力が問われている訳だ。この非人道的な部隊の実態については常石敬一「消えた細菌戦部隊ー関東軍七三一部隊2 」他を参照すべし。


鶴彬に話を戻すと、よく知られた句は、◯ 「万歳を上げていった手を大陸へおいて来た」  ◯ 「手と足をもいだ丸太にしてかえし」だが、これは鶴が最後に残した6句中の2句で、日中開戦直後の昭和12年11月に発表されたものだ。先ごろ新聞の文芸欄投句の中に、神奈川県の人の「九条の手足もいではなりません」なる句があったが、これ無論鶴の先の句をもじったものだ。投稿といえば盛岡の女性からのもので、鶴の実兄が盛岡で染物屋を営んでいて鶴の遺骨を引き取り埋葬し墓を作った由・・・でその喜多染物店のあった近くで、9月14日の命日に「鶴彬を語る盛岡の会」の人達が墓前祭を続けている由。またこの墓から分骨したものが生地石川県かほく市高松の浄専寺に納骨され、墓碑も建立され、市長はじめとする人達が20年も「鶴彬をたたえる集い」を続けている由。と言う訳で、坂本幸四郎の「井上剣花坊・鶴彬3 」を出す。剣花坊は特高に追われる鶴をかばった人。この本「日本の知的な世界で、最初の川柳思想史」と好著の評判高かった本。坂本は青函連絡船の通信長だった人で、道内文学関係者にはなつかしい名前の筈。図書館には一叩人(いっこうじん)編「鶴彬全集」もある。是非手にしてみてくだされ!!


先月号でロマのギターリスト、ジャンゴ・ラインハルトの半生を描いた映画「永遠のジャンゴ」を取り上げて、マイケル・ドレー二著「ジャンゴ・ラインハルトの伝説」を紹介した。今月に入って今度は「ガッジョ・ディーロ」を観た。10年くらい前の映画だが新版(HD)だという

フランスの青年が父親が愛したロマの歌い手を探し求めて、ロマの一族に入り、生活を共にしつつ、ロマの文化、習慣etcを理解していくという話で非常に面白かった。主演の男女2人を除いてあとは全員ロマの一族、つまり素人集団だ。髪も目も黒いため、昔欧州の人達はロマを「エジプトあたりから来た人」と想像して「エジプト人」と呼び、これがなまって「ジプシー」となったが、これは差別用語で、今は彼らの言語ロマニ語で「人間」を意味する「ロマ」というのが普通。2010年9月に最近死んだ筈のあの誰彼かまわずに毒づく下品なサルコジ大統領がフランスからロマをルーマニア他に追放すると出て、EU(欧州連合)のバローゾ委員から「少数民族に対する差別は受け入れられない」と釘を刺される一幕があった。「ガッジョ・ディーロ」ではその差別の実態も避けずに丁寧に描かれる。因みに「ガッジョ」はロマ語で「よそ者」、「ディーロ」は「不出来な、格好の悪い」と言ったような気がするが聞き漏らした。この映画を観る人の参考になればと、金子マーティン編の「ナチス強制収容所とロマ4 」を紹介する。ついでにグラタン・パックソンの「ナチス時代のジプシー」読んでくれるとGood!!共に明石書店刊「ふくろう文庫に」に真木千年さんが買ってくれたN・B・トマッシェビッチの「世界のジプシー」といういい本もある。


森友文書改ざん問題について食い下がる東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者に、下品な麻生が、せせら笑って、「仮定の質問には答えられないと何度も言っている」「それは上司の命令?」「趣味?」「ひやひやひや」と逃げていたーと松尾貴史が批判している。口を曲げに曲げるあの麻生の顔が目に見えるようだ。

先ごろは管にも迫りに迫って鼻をあかしたこの望月記者は5月26日室蘭でも講演したが、最近ニューヨークタイムズ東京支局長のマーティン・ファクラーとの対談集を出した。これを紹介しようと思ったが、貸したのがまだ戻ってこない。それで後回しにして今回はファクラー単独の『「本当のこと」を伝えない日本の新聞5 』を出す。知るべき事項が充満している本だ。

  1. ハンス・ゲオルグ・バンダーリヒ.迷宮に死者は住む .新潮社(1975) []
  2. 常石敬一.消えた細菌戦部隊ー関東軍七三一部隊.講談社(1993) []
  3. 坂本幸四郎.井上剣花坊・鶴彬.リブロポート(1990) []
  4. 金子マーティン.ナチス収容所とロマ.明石書店(1991) []
  5. マーティン・ファクラー.「本当のこと」を伝えない日本の新聞.双葉社(2012) []

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