第416回(ひまわりno232) 偽書はなぜ横行するのか

2020.10.12寄稿

1980年代に芝三光(しばさんこう)なるイカサマ師がいた。昭和3年生まれで生まれで平成11年に死んでしまった(1928−99)この男がどういう風にイカサマかと言うと、この男或る日「江戸しぐさ」なるものを世に提唱した。これは何かと言うと江戸の人は今の人よりはるかに道徳的にすぐれていた。それは例えば雨降りの日、狭い通りで行き交うとき、江戸の人は行き違う人に雨がかからぬように傘をかたむけ合ったと言う。etc。そしてその「しぐさ」は江戸の商人達が江戸300年の太平の世を作り上げた美徳の集大成だ。このイカサマ氏の提唱で「NPO法人・江戸しぐさ』なるものが出来たから世の中甘いと言うか、なめられていると言うか。そのNPO法人の定義では「江戸しぐさ=江戸商人が築き上げた、よりよく生きるルールのようなもの」だそうな。ここで不思議なのは、しからばその江戸人の佳き伝統は何故すんなりと現代に伝わらなかったのか。なぜ芝三光一人だけがその伝統を知っているのか。なぜそんなに佳き伝統を伝える人が他にいなかったのか。芝三光の説明によれば、その理由はこうだ。つまり、政権を奪った田舎者の集団たる薩長の連中が、この美しいしぐさをする者たち、即ち江戸しぐさの伝承者たる江戸っ子を憎むこと激しく「江戸っ子狩り」をして彼らを絶滅させてしまったからだ。云々言うまでもないが、これは出鱈目な話だ。ルワンダでのツチ族VSフツ族の対立の末の争いじゃあるまいし、江戸の歴史の中に薩長による江戸っ子のジェノサイド(皆殺し)など聞いたためしもない。しかしこのフザケタ作り話しに飛びついた「お馬鹿さんよね-」がいた。当時文科相のいつも胡散臭い下村博文が当人。ナント、この確か元進学塾経営者の大臣は、「江戸しぐさ」を文部科学省道徳教材に採用してしまった。「私たちの道徳」がそれ。私は以前、この話を新聞記者に話したことがあるが、その人が後からTelを寄越して、この教材を使っての教師の勉強会があるようで、「担振日高管内だけでも参加者200名位いいるようですよ」と言った。この運動のインチキさを指摘したのは原田実で「江戸しぐさの正体1」(2014)「江戸しぐさの終焉2 」(2016)の2冊がそれ(共に海星社新書)。



その原田が今年3月「偽書が揺るがせた日本史3 」(山川出版社)を出した。

その中にかつての文科省事務次官の前川喜平が出てくる。当時の前川は初等中等教育長だった。その前川が言う「”江戸しぐさ”まだやってるんですか!あれはやめた方がいいですよ。〜あれはねえ、大失敗。僕が局長の時、下村さんに言われて作った。あんなインチキなものを伝統的な道徳だって思い込んで学校の教材にしてしまったことは、悔やんでも悔やみきれない〜なのに下村大臣はこの”私たちの道徳”を一人一人の児童生徒に配り、必ず家に持って帰らせろとおっしゃって、しかも親子でそれを勉強しろとまでおっしゃった。つまり、家庭教育まで影響を及ぼしうとしていたんです。」前川によると、「私たちの道徳」を作る時の編集委員には「日本会議に近いような人たち、下村さんが気に入った人たちや専門家と称する人が多かったと思います」。となると、この連中、誰一人として芝三光のイカサマ、インチキを見抜けなかったのか、それとも知ってて、おとなしい国民を造り上げるには、この程度の教科書がわかりやすいだろうと、国民をなめてかかったのか。もっともこん本ベストセラーになって、買って読んだ連中が皆だまされたのだからダラシがない。この編集委員に、まともな歴史学者が入っていいたならば、こんな茶番は起きなかったに違いない。下村はべんちゃら振るだけの人間を集めるからこんな馬鹿を絵に画いたようなことになってしまったのだ。

さて、目下問題山積の日本学術会議の菅による拒否の話も下村の話に似ている。ダメだと言われた6人の学者は文句なしの錚錚たる顔ぶれで、いずれも立派な業績の持ち主だ。菅のごとき頭で彼らの学問的業績を判定できるはずがない。それをダメだと言うのは、つまり自分の政治的立場からしてこの6人は虫が好かぬと言うことだろう。しかし、一国を代表する学者たちを学業で計らず己の好悪で計るとなれば、菅の方がイカサマ師ではなかろうか。これについては益々の悪徳弁護者めいている橋下徹が「学術会議は軍事研究禁止としているが、この方が学問の自由侵害」と言った馬鹿発言をした。大阪をこわした男だけのことはある。然し、学者の軍事への協力がどれ程の悲惨な事態を引き起こしたか。あの「関東軍第七三一部隊」の所業を見ればわかるだろう。人体実験、毒ガス使用、その傷跡は未だに消えていない。そういえば室工大在任中、中国留学生を嫌った一部の学生が「丸太を殺せ」と廊下の壁に書いて教授会で問題になったことがあるが、教授の中には「丸太ってなんだ」と言うのがいた。七三一部隊が人体実験用の中国人を「丸太」と呼んでいたのを知らぬとはびっくりした。当時は「〜ヘイト」なる言葉はなかったが、学生が、「丸太を殺せ」などと言うこと自体が、良心なき学者の軍事研究の悪しき影響ではなかろうか。平和を目指す国の学者が軍事研究をせぬ事になんの不思議があろうか。どこが学問の自由の侵害だ?「消えた細菌部隊4

「ウポポイ」が白老に出来ようという8月に荻生田文科相がアイヌの差別の歴史に対して「価値観の違い」なる非道な発言をした。真当な人間たるべくもうちょっと勉強して人権感覚を養ってくれんかね、「北海道大学ピースガイド5 」中の「北大構内のアイヌ納骨堂 人骨盗掘事件・アイヌ先住民族」や雑誌「人権と部落問題 )) 市川守弘.部落問題研究所(2020))) 」2月号中の丸山博の「アイヌ施策推進法〜」なぞ読んでから物言えと言いたくなる。サギ師の作り話に引っかかる下村、学のない頭で学者を選別する陰険な菅。去ってくれた方が世のためだ。

  1. 原田実.江戸しぐさの正体. 海星社新書(2014) []
  2. 原田実.江戸しぐさの終焉.海星社新書(2016) []
  3. 原田実.偽書が揺るがせた日本史.山川出版社(2020) []
  4. 常石敬一.消えた細菌部隊.ちくま文庫(1993) []
  5. 北海道大学ピースガイド.ビー・アンビシャス9条の会.北海道編纂 []

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