第418回(ひまわりno234) 「ブラック・ライヴズ・マター」、科学の人種主義、人種とスポーツ

2020.12.16寄稿

前にも書いたが、米国タイム誌が毎年行う「世界で最も影響力のある100人」に伊藤詩織と大阪なおみが選ばれた。

伊藤は自分の性被害を訴えて「Me Too」運動のきっかけを作ったジャーナリスト、大阪はテニス全米オープンで2度目の優勝を果たしたばかりでなく、白人に殺害された黒人7人の名前を縫い付けたマスクをして人種差別反対を打ち出した人ーであることは今更説明を要しない事だが、この2人の選評は東大の上野千鶴子が書いたそうだ。それは例えば伊藤については「勇気ある告発で、日本人女性の生き方を永遠に変えた」云々というものだった由。これを報じたタイム誌の特集号は8種類の表紙を用意し、その他に「司書独言」や本欄でも言及したことがある米最高裁判所判事キングスバーグの写真をあしらったのもあると言う.2020年9月に惜しくも亡くなった反トランプ・リベラル派の女性で映画「ビリーブ・未来への大逆転」の主人公のモデルだ。因みに選評した上野千鶴子は2020年12月の総合雑誌「世界」(岩波書店刊)の学術会議任命拒否問題」特集に、評論家の保坂正康と組んで菅の陰険なたくらみを言葉鋭く暴いて見せている。是非読まれたし。その中で上野は、例の馬鹿女「女性はいくらでもウソをつける」の杉田にも言及する。一寸長いが必要だから引く。『自民党の杉田水脈という煽動者、というか攻撃者がすでに登場しています。”反日的”研究に国費を出すな、という攻撃の標的になっているのが”慰安婦”問題の研究。これは性暴力の問題と結びつくので、ジェンダー研究者の中には”慰安婦”問題に強い関心を持って取り組んでいる人たちがいます」。この攻撃に対し、すでに研究者たちが名誉毀損で裁判を起こしています。(これは、2019年2月に東京地裁に提訴された「国会議員の研究費介入とフェミニズムバッシングを許さない裁判」のことを指す、山下)杉田水脈の役割は先兵隊ですね。おじさん政治家の代理として地雷を踏みに行かせて、そのうち使い捨てる。その役割を非常に忠実に果たしています(下線山下)』杉田程の馬鹿女、これを持ち上げる櫻井よし子のような調子者はそう居まいと思うが、世の中広いものでドイツにも似たような馬鹿が出た.2020年9月のこと。「アンゲバンテ・ケミー(応用化学)誌」が主張するに事欠いて、「研究の世界で女性らが優遇されることは非生産的だ」とやらかしたのだ。科学者たるものが何故このような非科学的なことが言えるのかが不思議だ。これに対しては日本化学会も入って、「科学の世界で、性差別や人種差別や不平等が残念ながら蔓延している」のは遺憾との抗議声明文が出された由、当然だ。

さて大阪なおみは米国での白人警官による黒人殺害について「あなたの身に起こっていないからとて、それが起きていないということにはなりません」と惚れ惚れするような言葉で「BLM(ブラック・ライブズ・マター)」を支持したが、これをオチョクル男の非常勤講師が日大に現れた。去年9月のこと。この男、法学の先生で、「BLM」にいついて「黒人さんが暴れてる」etcとオチョクッタという。授業を受けた学生らがこれを問題視し大学に解雇を求めたが。当人が「反省している」と言うので、まあまあで終わったという。

大阪なおみは担振東部地震の厚真、安平、むかわ町にテニスラケット30本を寄付したが、その大阪がセリーナ・ウイリアムズに勝利した時、ネット上には両者をゴリラと呼ぶ投稿があり、その直前には日清のCMのアニメに描かれた大阪なおみが白人化されたこと、黒人や黒人のハーフに対する侮辱的な投稿が連日続いていることを、文化人類学者のジョン・G・ラッセルが「黒人の”日本人問題”」で指摘している。この論文を載せた「現代思想1 」の10月臨時創刊号(2020.10青土社)は「総特集ブラック・ライブズ・マター」だ。実に30余名の論文を収めてまことに読みでがある。この「Black  Lives  Matter」なる標語が生まれた背景については翻訳家の押野素子が書いている。

それによると2012年2月26日に黒人トレイヴォン・マーティンが白人ジョージ・ジマーマンに殺されたが、この男は無罪となった。その時活動家のアリシア・ガーザがフェイスブックに「この評決に驚かいないなんて言うのはやめて。私は黒人の命が軽んじられていることに驚き続ける。黒人の命を諦めないで」と投稿し、これに友人の活動家パトリッセ・カラーズが「Black Lives Matter」のハッシュタグをつけて返信し、運動のスローガンが誕生したのだという。ところでアメリカ南部の社会的人種的な問題を描いた「心は孤独な狩人2 」なるカーソン・マッカラーズの小説がある。これを村上春樹が先頃新訳したが、それを評した大井浩一が言うには、今問題の「ブラック・ライブズ・マター」の背景には日本人には分かりにくいが、その理解の助けになるのがこの小説だーそうな。成る程な、とも思うので、もう60年も昔、大学時代に読んだ江口裕子の初訳を出しておく。

話を大阪に戻すと、大阪の勝利に際しては「黒人の優秀な運動神経に属性するものだ」との投稿があったが、メディアはそれを報じなかったと先記のジョン・G・ラッセルは指摘する。何故メディアはこれを報じなかったか、これは人種差別につながるからだ。「黒人は音楽を聴いてすぐのるよね」とか「バスケットときたら皆黒人だよねえ」と我々は常日頃言いかねない。これが実は差別なのだということを鋭く説くのが川島浩平の『人種とスポーツ〜3 』(中公新書)。

大阪なおみが強いのは黒人だからだ、とひょっとして貴方が思っているとしたら、是非この本を読んで欲しい。読書欲をそそるために、ケニアは何故マラソンに強いのかの話を同書から引こう。ケニア人が皆早いのではない。ケニアの中でナンディという地方の人間が速いのだ。何故か、ナンディの人は経済資源の要である牛を他集団から強奪する。その強奪は夜に少人数で密かにかつ速やかに行い、追手に気付かれずに帰らねばならぬ。それ故行くも帰るも走りづめだ。この長距離走行の習慣が幾世代にも渡って繰り返され〜で、ケニアの黒人が、ではなくナンディの人が速いだけだ.同じ問題を扱うもう一冊を出す。アンジェラ・サイニーの「科学の人種主義とたたかう4 」(作品社)だ。東南アジアのパジャブ族は海上で暮らし素潜りで魚を捕りーで脾臓が格段に長く、潜っている間血中の酸素濃度が保たれるーでーこれは何を意味するのか???ホロコーストの原因たるナチの「人種衛生」などにかぶれないために、エセ人種学に惑わされないために、正しい知識を持とう。黒人が「水泳」に弱く陸上に強いと誤って言われるのは人種のせいではなく、社会的な原因があるということを知らねばならぬ。

  1. 大和田俊之.現代思想10月臨時創刊号.青土社(2020) []
  2. カーソン・マッカラーズ.心は孤独な狩人.新潮文庫(1972) []
  3. 川島浩平.人種とスポーツ.中公新書(2020) []
  4. アンジェラ・サイニー.科学の人種主義とたたかう.作品社( 2020) []

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