司書独言(226)

◯月◯日/防衛大学校の人権訴訟が勝訴した。12月10日のこと。これ、新入生に対して上級生達が「絶対服従」を求めるイジメにあった元防衛大生が起こしたもの。

上級生達は自分達のストレス解消のために、例えば狙いをつけた新入生を裸にして陰毛にアルコールをふりかけた後ライターで火をつける等の行為を繰り返していた。これイジメというより昔の特高警察がやりそうな拷問だ。この上級生達がいずれ自衛隊の幹部になるのだとしたら、その精神構造は旧日本軍の新兵イビリより悪質なものとなるに違いない。

◯月◯日/これで久々Kの事を思い出した。私が室工大在任中我が家によく飲みに来た学生の一人で一寸どもりながら話す飄々たる男だったが、このKは、実は防衛大から脱走してきた男だった。Kは入学した途端に、大学校に自由のかけらもないこと、イビリがあることに気づいて、本人が言うには退学を申し出たが許されず、止むなく寮から逃げた。上野の駅まで辿り着くと、すでに追手の学校関係者が何人も見張っていて〜とその脱走劇は仲々スリリングなものだった。それからもう40年余りも過ぎたが、防衛大は変わっていない訳だ。

◯月◯日/小室+眞子のカップルの行末に宮内庁長官が声明を出したらしい。週刊誌にもワンサと書かれている。結納金に当たる1億ナニガシの金についても批判されている。それはそうかもしれないけど、例えば菅の年に10億を超える機密費なるものについて、どうして突っ込む者がいないのだろう、小室側の説明が必要だと言うなら、そうして、週刊誌も世論も菅の日本学術会議の任命拒否やら安倍の桜モリカケなどの説明に迫らないのだろう。メディアも国民も弱い者いじめをやているのではーと思っちゃうね。

◯月◯日/その安倍が今追い詰められていると言う報道がある。おまけに今になって安倍が挙げられたのは、引退したくせに事あるたびに「私が首相ならば〜」と一丁前な口を効く安倍を菅以下が面白からざる者として、安倍の実態を検察側にリークしたのが、今回の摘発の始まりだとの報道もある。追い詰められているのが本当ならば国民として喜ばしいが、今の検察が、そこまでやれるのだろうか。

◯月◯日/東京新聞の望月衣塑子記者と佐高信の「なぜ日本のジャーナリズムは崩壊したのか(講談社α新書、¥880)」は知るべき情報に満ちた本だが、中に重要な証言がある。先頃ガンで死んだ岸井成格という硬派のジャーナリストがいたが、その岸井が、安倍晋太郎にまだ子供だった晋三の事を聞くと、「出来が悪いけど、ただ言い訳の天才だ」と言っていいたと言う。聞いて納得する。これは実の親のナゲキであって、間違っても褒め言葉ではない。その天才的な嘘つきの能力をもってして「もしそれが本当なら私もアキエも〜」なんて大見栄をきり続けて来た訳だ。「言い訳の天才」VS検察、どちらが勝つか。検察の頭のキレを見せて欲しいものだ。

◯月◯日/検察と言えばーアメリカで意外(?)な事が起きている。トランプは大統領選挙直前に連邦最高裁に死んだリベラル派判事のギンズバーグの後任者として、保守派のエイミー・バレットを指名した。選挙で負けても法廷闘争に持ち込むつもりだったか、この女性を送り込むことで保守6vsリベラル3となって自分は勝てると踏んだ訳だ。ところが、12月10日の報道では、ペンシルベニアでのトランプの訴えを最高裁が却下した。続いて12月13日にはテキサスでの訴えも退けられた。

◯月◯日/ つまり、トランプは返り咲きを狙って自分に味方すると思われた保守のバレットを配置した訳だが、その最高裁がこれで2回トランプを見放したことになる訳で、新聞も「この連敗」でバイデンを追い払う道は略々閉ざされたのではないかーとの見方だ。

◯月◯日/この2例だけで最高裁が保守6にも関わらずアメリカ民主主義の良識を守ったとはまだ言えないが、今のところは先ず目出たい。死んだキンズバーグの事はこの欄ですでに取り上げた、彼女をモデルにした映画「ビリーブ・未来への大逆転」も紹介した。ここで更に、彼女のインタービューを中心に編まれた「ルースベイダー・ギンズバーグ」が「あすなろ書房」から¥1,000で出た。読むつもりだ。ところで、東大出でニューヨークの弁護士資格を持つとか言う、山口(?)なる美人ぶった女が、テレビで「貴方ならトランプの弁護をしますか」と問われて「お金をもらえるなら」と答えたそうだ。ギンズバーグとの何たる志の違い。金になるならアベでもカワイ・アンリでも、誰でも弁護するのか?いやな女だ。

◯月◯日/ 柳美里の「JR上野駅公園口」が「全米図書賞」の翻訳文学部門賞」を受けたので買って来た。帯に「2020年”TIMが選ぶ今年の100冊”」又は「パウエルズブックスが選ぶ今年最高の翻訳文学」選出とある。我妻さんが先に読んで、今私の机上にある。目出たいなと思っているところへ小6の投書が出た。

◯月◯日/ 「僕は朝鮮学校へ通う6年生です」と書き出し、バスの中で制服を見た大人の何人かは「僕が朝鮮人だと知って」いやがらせをすると言う。横に置いたランドセルの上にわざと自分の荷物を置いたり、「小学生が電車で通学するな」と言ってランドセルを叩くひともいると言う。北海道弁で言えば「いい年かっぱらって大人がすることか」だ。在日にいやがらせをして、自分が恥ずかしくないか。

◯月◯日/ 菅が「ガー・スー」とやったらしい。早速「ガースーではなくてカスの間違いでは?」なる痛烈な投書が出たが、私にはこれ、何が面白いのか、何を意味する冗談なのか、さっぱり分からない。それで、周りのひとに「言い出しっぺ、誰?」と聞いてみたが、皆知らんと言う。となると、菅が自分で考えて自分でやって見せたバカギャグか?どこまで「ハンカクサイ」んだろう。

◯月◯日/ この「ハンカクサイ」のハンカは「生はんか」のはんかで「どっちつかずで中途半端で、十分ではない」こと。これに、「そのように感じられる」を意味する「くさい」がついたものだ、と北海道方言研究会第二代会長の菅泰雄は言う。青森、岩手、山形、石川、福井の方言が移ってきたものだそうな。そして意味は「北海道方言辞典」の石垣福雄によると「変な」「馬鹿みたいな」で相手を軽蔑して言う、とある。菅は秋田だから通じないか。

◯月◯日/ 菅自身が「ガースー」と言うのを知って私が思い出したのは「イペリット」と呼ぶ毒ガスの事だった。これは「マスタードガス」とも呼ばれる糜爛性のガスだ。この毒ガス吸った藤枝静男の「イペリット眼」と言う佳作がある。私が30代に愛読した小説家で本職は眼科医だ。思うに菅は毒ガス的存在だ。先に「カスの間違いでは?」の投稿を紹介したが、このカスは言う迄もなく「滓」で新明解には「よい所を取った残り」とあり、用例として「人間の滓(言動が卑しくて、けいべつすべき人間)」とある。意に沿わぬ人間を追放するなどを重ねる菅にぴったりだ。言い得て妙!!

◯月◯日/ 12月17日は、かのライト兄弟が、1903年の12月17日に、ノースカロライナ州の沿岸で始めて飛行に成功した日だとして「飛行機の日」と制定された由、この記事を切り抜いて石井研堂の「明治事物起原」にはさむべくその頁を開いたら、日本で初めて飛行機で飛んだひとはフランス帰りの徳川好敏大尉で、乗ったのはファルーマン式飛行機だ、とか。日本で初めて墜落惨死したのはプレリオ単葉に乗った木村、須田両中尉で大正年3月28日だ、とか色々出ていて真に面白い。実は私は飛行機が苦手だ。

◯月◯日/ 芸能脚本家の稲田和浩によると、昭和20、30年代にはラジオから毎晩浪曲が放送されていたと言う。これは事実で、まだテレビがなかったから、私の父も晩酌の際にはよく聞いていた。広沢虎造、寿々木米若etc主役だが、父の好みは春日井梅鶯(ばいおう)で私も名前にそっくりのその美声が好きだった。その浪曲で最近ビックリしたのは稲田と対談した東家一太郎なる浪曲師とその妻で曲師の東家美(みつ)の話だ。

◯月◯日/ 美が言うには、自分は動物好きなので「シートン動物記」を浪曲にした「オオカミ王ロボ」の台本は夫共々何年もかけて作り込んだ。次は「クマ王モナーク」の台本を準備していると。読んで私は殆ど呆れた。「シートン」が「浪曲」になるのか。然し、落ち着いて考えれば、これは別に不思議なことではない。波乱万丈の敵討ちを語れるなら、自然界を生き抜く狼王の話を語ってもいい訳だ。そのうち、ジャック・ロンドンの「野生の呼び声」も浪曲になるかもな。これ是非聞いてみたいものだ。

◯月◯日/ そう思いながら私は、高2の時に世界史を習った須賀先生を思い出した。先生は文学的な素養の豊かな人で、例えば私がフランス文学の奇才「ヴィリエ・ド•リランダ」を知ったのは授業中の先生の話からだ。今、私の書庫には我妻さんの義弟から贈られた斎藤磯雄訳・創刊社版、全5巻、1500部限定の全集がある。その須賀先生が或る日授業でつぶやいた。「自分が世帯をを持ったら、茶の間には”シートン動物記”を置きたいな」と。先生はその願いを実現したのだろうか。私は高校卒業以来先生に会ったことがなく、先年風の便りに先生が亡くなられたと聞いたが、茶の間の「シートン動物記」は先生を思い出しているだろうか。

◯月◯日/ 「朝日新聞」で新企画の「はじまりを歩く」が始まって、10月に「岩波新書」が生まれたのは「自由を求めて」が発端だ云々の回が出た。そこに2軒の古本屋が写っていて、一つは、戦災を免れた昭和初期の建物として「矢口書店」の店頭の写真が出ている。ここは、私が上京して初めて全30巻余の「鴎外全集」を買った店で下宿に帰って整理してみたら巻の函の背文字をに塗り替えて、中身はが入っていた。つまりは、端本を集めた全集で函がないのでの函を使ったインチキだと分かった、という話を前に書いた。

◯月◯日/ 2軒目には創業1904年という田村書店の店内が写っている。此処も大学時代私がよく行った店でフランス文学に強かった。そして私が大学を出て商社マンとなったある日、家庭教師の姉の家に遊びに行くと慶應を受験すると言う年子(?)の男子高校生が2人いたが、来客画あって、「敏明ちゃん、一寸変わって」と言われてその2人の質問に答えた。そういうことがあと2度程あって、その時聞くと、この2人は「田村書店」の息子だと分かった。その後この2人が慶應に受かったのか店を継いだのかといったことは知らない。けれども何やら懐かしい。

◯月◯日/テレビ番組欄を見ると芸人の太田ナニガシが日大裏口入学かといったことで各局騒いでいるようだ。800万払った云々で思い出したのは、弟の同級生が日大に受かり入学手続きに親代わりを頼まれて、分校のある三島まで行ったこと.1960年頃だ。受付には横一列に20人程の事務員が机を前に座り、1m程後ろのパネルの前にドラム缶ぐらいの大きさの竹籠がずらりと置いてある。入学金がいくらかは聞きもしなかったが合格生が用意した金は、銀行から下ろしたままの、封を切らずの10万円の札束で、これを事務員がその束のまま、振り返りもせず肩越しにカゴに向かって放る。運動会の玉入れじゃないが、見る見るうちにカゴは10万の束で一杯になる。すると奥から別の事務員が来てカゴを変える。

◯月◯日/いや、壮観だった。が品のない風景だった。それから年経て私が室工大に来てから、日大の古田重二良(じゅうじろう)第四代理事長の不正発覚で日大に学生運動が起き、全国に広まった、太田が入ったのはもちろんそのあとだろうから、その間日大はどう変わっていたのか。アメフト事件といい不思議な大学だ。因みに、昭和32年の日大の収入は32億だったが、昭和43年の不正発覚時には10倍の300億となった。もって古田の金集めの腕がわかるというものだ。

 

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