司書独言(229)

◯月◯日/「かもめーる」なる暑中見舞い用のハガキがある.1986年の夏から日本郵便が売りだしたものだ。これは日本人の発想で始まった習慣で中国由来ではない日本独自の風流な習慣だ。

それが電子メールの普及などで売れなくなったとして、今夏から廃止すると4月1日発表された。日付が日付だから悪い冗談に思えるが本当の話だ。気象庁も開花や鳥、虫の初鳴きを知らせる、これまた風流な風習を今年になって減らした。日本が段々殺風景になっていく。

◯月◯日/ 菅に喰らいついた東京新聞の望月衣塑子記者をモデルにした映画「新聞記者」はすこぶる見ごたえがあったが、今度は政府の補助金不正支給疑惑を取材する記者達の活躍をテーマにしたミュージカル「brave-heart(ブレーブ・ハート)真実の扉を開け」が4月上旬に公演される由。見たいと思うがこう言う時は地方住まいは損だね。

◯月◯日/ 装丁家の平野甲賀が3月22日82歳で没していた「描き文字」で知られた人で7,000冊以上の装丁を手がけたと言うからすごい。我が書棚にも何冊もある。

◯月◯日/ 4月から「朝日」で福岡伸一の「新、ドリトル先生物語」が始まった。この名作も問題があって、例えば「ドリトル先生アフリカへ行く」で、アフリカの王子の願いでドリトル先生が望み通りに薬で顔を白くしてやる。これは明らかに人種差別で松本人志とやらの相棒がいつぞやミンストレル・ショーの真似をして顔を黒く塗ってテレビに出て非難されたのと同質の問題を含んでいる。因みに、ミンストレル・ショーは19世紀にアメリカで白人が黒人に扮したミュージカル演芸だ。先頃起きたアイヌ差別と言い、これと言い無知では済まされぬ。

◯月◯日/ 根室で太平洋戦争中米軍迎撃のために作られたトーチカが発見されたとの記事に、トーチカは昭和19年(1944)戦争末期に作られた、道内では東胆振以東の太平洋側と根室半島から網走にかけてのオホーツク海側で今も77基が残っているとある。そう言えば確か室蘭にもあったよなと思いつつふと「トーチカ」ってドイツ語かなと思いついて調べてみたら何と、ロシア語で「点」だと。「TOCHKA」=コンクリートで作った小型の陣地、機関銃などの砲塔を置く、との説明だ。又旧日本軍はこれを「特火点」と言ったとある。ロシア語だったとはな。

◯月◯日/ 3月22日にスエズ運河で全長400mのコンテナ船が座礁しててんやわんやの騒ぎとなった。この地名調べてみたら、此処昔は古代ギリシャ語では「Klisuma」と呼ばれて「水門の扉」の意。今使われている「Suez」はコプト語の「suweis=泉」から来ているが、この語は同時に「起点」の意味があるとも考えられるので、共に古代の運河と関係があると、蟻川明男の「世界地名語源辞典」に出ている。成る程!!そう言えば大仏次郎に「スエズ運河」なる作品があったな、この機会に読み直そうと書庫に入って「大仏次郎ノンフィクション選集」全5巻の棚に行ったら「パナマ運河」だった。はてボケタかな。

◯月◯日/ 私は見てないが「鬼滅の刃」の続編の舞台が「遊郭」だそうで、子供から「遊郭」って何だ?と聞かれたら大人はどう答えるべきか、との問題が出てきたらしい。新聞でその問題を聞かれたのは吉原の「遊郭専門書店」の主人なる人。その店の名は「カストリ書房」。この「カストリ」なる語は「酒の粕」をしぼって作るアルコール度の高い下等な焼酎のことで、戦後物資不足の時これを飲んで眼がつぶれたなんて話がよくあった。して又、これを3合飲めば、ひっくりかえる、つぶれると言うことから、中味がつまらないから3号でつぶれる様な雑誌を「カストリ雑誌」と呼んだ。この店は大丈夫な様だ。

◯月◯日/ 室蘭の遊郭といえば、先づ幕西町、次いで千歳町の更科のそば屋の裏、浜町の天婦羅の「天勝」の裏、と3カ所あった。私が高校2年(1958)の時に「売春防止法」が出来て。遊郭はなくなった。そのあとは下宿になったり。飲み屋になったり。勤めていた女性たちはキャバレーに流れたり、とまあ色々あった。同級生にいわゆる売春宿の娘が何人かいたなあ。私はこの記事、永井義男の「図説・吉原辞典」(朝日文庫)にはさんだ。因みに室蘭では売春宿を「後家屋(ごけや)」と言った。

◯月◯日/ 我妻さんが迎えに来てくれての仕事帰り、私はモーレツ「あくび」をする。すると毎度我妻さんが「そんなに疲れているの」と聞くが、そりゃそうだ。私は仕事中、只だの一度もあくびをしたことがない。それくらい根つめてやっている。だから車に乗った途端、気がゆるんであくびの連発となる。諺に「あくびを一緒にすれば三日従兄弟(いとこ)」があって、一緒にあくびをすれば、何となく親近感を覚えるということだ。このあくび、今まで酸素不足で起きるとされていたが、これは間違いで、今では「脳の温度を下げ、覚醒を促すため」となった由。医療創生大学。石原貴弘教授の説だ。あくびしている間に、今までの常識がどんどん変えられていくなあ。

◯月◯日/ 「鳳梨」この字読者はなんと読む。これ「あななす」と読んでパイナップルのこと。この2字、どう言う訳か今の漢和辞典、少なくとも私が使っている4種には出ていない。この話を出したのは、目下習近平が台湾いじめをしていて、その一つに台湾からのパイナッップルの輸入を止めた。台湾にしてみれば最大の得意先だった中国に突然裏切られて〜と言う具合だ。習近平の覇権主義を止めるため、皆で台湾のパイナップルをたべよう。

◯月◯日/ 私は新聞で今まで聞いたことのない苗字を見ると切り抜いて小箱に入れているが、最近、正真正銘へんな苗字を見つけた。これふざけてるのではない。「平安名」で読みは「へんな」さんだ。如何なる由来か知りたいもんだ。「珍姓辞典」にあたんなくちゃな。

◯月◯日/ 世の中には「ケタクソワルイ」婆様もいるもんだで。「ケタクソワルイ」とは北海道弁で「しゃくにさわる」「いまいましい」と言う意味で、又「婆様」とは瀬戸内寂聴のこと。この婆さん、昨年10月8日「朝日」に連載している「残された日々」で、菅についてこう書いた。「菅首相は立ち居振舞いもお行儀のいい紳士に見える。容貌も整っていて、品もあり、立派な首相面をしている」。当時も今もこれ程菅を持ち上げた文章を私は知らない。こうべたほめしたあと、寂聴は菅の「自助」を批判したNPO法人「暮らしネット・えん」の小島美里と、経済評論家の勝間和代をやっつける。その理屈は、自分はいつでも「自助」でやってきて、苦痛と思ったことはなく、98歳の今も徹夜で原稿を書いて「自助」の生活を続けている、云々。言外にこの二人に対して「ガタガタ言うな」と言っている。

◯月◯日/ ところが、今年3月20日共産党の近畿オンライン演説会に投稿して、自分の生年と共産党の創立年は同じく1922年だから今年は共に99歳だと言い、数えでは100歳になることを喜びあいたいと言った後「朝日で」自分の人生を背景にして正しいとした「自助」について、今度は「ところが我が国の政府は、まず”自助”をとなえ、対策も後手後手に回っているようです」と言う。

◯月◯日/「自助が発揮できる環境作りをしてくれ」と言った勝俣を攻撃しておきながら、今度は「後手後手」と政府を批判し、おまけに「菅はまず”自助”をとなえて」と言うべきを「我が国の政府は」と一般化して、菅への直接批判をやわらげる。そもそも菅をべたほめした口で、菅に真っ当にに対峙している共産党に祝辞をのべるか?こんな二股膏薬の祝辞を赤旗の読者が喜ぶと思っているのか。天皇制に反対して殺された菅野スガ、他の女人の評伝を書きながら、非人間的な事最たる石原慎太郎と親友だなどと相容れぬことを平気で言う恥知らずの婆様だ。八方美人んもいい加減にせい。実にケタクソワルイ。

◯月◯日/ ケタクソワルイ婆様がいるからには、当然ケタクソワルイ爺様もいる。その筆頭はへッチャムグレ(北海道弁で醜い)の麻生だ。この男、3月19日の閣議後のいわゆるブラサガリ会見で「マスクなんて暑くなって口の周りがかゆくなって最近えらい皮膚科が流行っているそうだけど。いつまでやるんだね。真面目に聞いているんだよ、俺が。あんたら新聞記者だからそれくらい知ってんだろう。いつまでやるの、これ?マスクはいつまでやることになってるの?」、とほざいた。

◯月◯日/ 記事を読んで情けないのはこのアホダラシャンソンに対する記者たちの態度。どうして「そんな事、菅に聞け」と返せないのか。そして更に下司なこのへッチャムグレに「そんなら、てめえはいつまでやるんだ。タツク、(北海道弁=さっさ)と止めた方が国民の精神衛生のためになるぞ!」位の啖呵を切ってもいいのではないか。

◯月◯日/ この男日頃から朝鮮の「創氏改名」はなかったの、政治は「ナチスの手法にならったら」などとハンカクサイ(北海道弁=バカな)事ばっかり言ってる、ウスラトンカチに、うすらばかだに。ところがこの醜悪な男がアメリカに行ってペンスの前に立つと豹変する。今は消えたが、トランプの時はいつもそばに立っていて、能面顔負けの無表情のペンスだが、そのペンスによりそってしかも小首をかしげて、これ以上ない笑顔で媚びるのだ。その証拠に此処に写真を出す。これ殆ど男妾の表情であるまいか。土台こんなニヤニヤ笑いを。日本国民に見せた事があるか。外面もいい加減にしろ!。

◯月◯日/ ケッタクソ悪いのがもう一人いる。安倍にベンチャラコイテ(北海道弁=機嫌取りの言葉を並べる。)寿司をおごってもらうので(寿)史郎と呼ばれる田崎の爺さま。このベンチャラコキが言うには政治家と会食するのは「権力中枢に食い込んで」、「政権が何を考えているか」を国民にしらせるためだそうな。そうかい、そうかい。イヤ、アンガト。然しそれにしては「安倍を守る」の姿勢しか感じられないなあ。土台、安倍の外交を一番に褒めるなんてのはこの「スシロー」位だな。北方領土や拉致の問題に関わっている人が、それを聞けば、キモヤケル(北海道弁=腹が立つ)んでないかい。まあ、安倍やら菅やらに好物の寿司をウンスケ(北海道弁=好きなだけ、思う存分)喰わされているんだろうな。

◯月◯日/ 男優の田中邦衛(3月24日、88歳)と脚本家の橋田壽賀子(4月3日、95歳)が相次いで没した。私はテレビは見ないから「北の国から」は知らないが、高倉健との共演の映画は全部見ているから邦衛は分かる。橋田は「おしん」を知識として持っているだけで全く知らない。

◯月◯日/「北の国から」と言えば倉本聰と一度会ったことがある。室蘭の野口観光の創業45年記念だったかに招ばれた時、倉本の色紙が皆に配られた。倉本は和服の女性を付き添いにして、杖をついて立っていた。宴最中、私個人は興味がなかったが「ふくろう文庫」宣伝のために近づいて「ふくろう文庫」の名刺を出し、いささかの説明をしたが、ウンでもスーでもない、早い話が取り付く島も無いので、引きさがってきた。偉い人はおっかないね。色紙は私の「本の話」の原稿を取りに来る記者が欲しがったので進呈した。ナニカ二文字書いてあった筈だ。

◯月◯日/ フランスのある家で100年以上自分の家に飾っていたゴッホの絵が、3月末、競売のササビーズによって売りに出され、16億7千万円で落札された。過去最高値と言う。「モンマルトル通り」を描いたものと言う。昔パリ近郊(オーヴェル・シェル・オズワース)のゴッホ兄弟の墓を訪ずれたことがある。帰路大きな屋敷の前を通ったので、表札を見たら、ゴッホのモデルをつとめた医者のポール・ガシェの家だった。墓の他にゴッホが下宿していたレストランにも行き屋根裏のベット一台で一杯になるような、小さな部屋も見た。そのレストランで我妻さん、その弟と3人で昼食をたっぷり食べ、客が混んできたので店を出ると、店の前にいたアメリカ人が屋根裏の部屋を見るのに見学料がかかるのかと言う。否、只だと言うと入って行ったが、レストランの親父に、今混んで手が廻らないでダメと断られた。

◯月◯日/ 来た時降りた駅に行ったら列車がないので、違う線でパリに戻ろうと、村人達が固まっている所へ行って聞いたが通じないのか皆黙っている。仕方ないので当てずっぽうに歩き出したら、一人が追いかけて来て、今駅への道を聞いたのかと言う。そうだと答えたら、自転車を取りに戻って親切に途中までついて来てくれた。幸運だった。

2021.4.10 山下敏明

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