2014.7.6寄稿
予告編を見て面白そうだとDVD屋から「101回目のプロポーズ」(1991年策中国映画「101次求婚」)を借りて来た、話しは面白いし、主役の女優が実に好い女でほれぼれ見ている中に、「アレ、この女優、レッドクリフの女優か?」とつぶやくと我妻さん=家内が、今頃気がついているのという顔で「そうよ」と言う。 続きを読む 第345回「富春山居図」と故宮の秘宝.ウクライナ抵抗詩人
2014.7.6寄稿
予告編を見て面白そうだとDVD屋から「101回目のプロポーズ」(1991年策中国映画「101次求婚」)を借りて来た、話しは面白いし、主役の女優が実に好い女でほれぼれ見ている中に、「アレ、この女優、レッドクリフの女優か?」とつぶやくと我妻さん=家内が、今頃気がついているのという顔で「そうよ」と言う。 続きを読む 第345回「富春山居図」と故宮の秘宝.ウクライナ抵抗詩人
○月○日 私は3食寿司でもいい程の寿司好きで、総合商社マンの時の楽しみの一つは、東京出張帰りの汽車の中での立ち食いの寿司だった。物の本には1961年3月1日にデビューしたサハシ153形なる列車が最初とあるが、鉄道マニアでない私には自分が食べた列車の種類はわからない。私の記憶では横浜でネタが積み込まれて開店となり、注文すると色付きのマッチ棒みたいなのが、目の前の皿に入れられて、これでネタの種類と値段が分かる様になっていた。この寿司列車,新幹線の登場で退場したとか。
○月○日 安倍がオバマを寿司屋でもてなし、オバマ曰く「人生の中で一番美味しい寿司だった」と新聞に出た。店は銀座の「すきやばし次郎」で1965年創業とか。店名を見て「ハテナ?アレカナ?」とDVD屋に出かけると、矢張りあった。「二郎は鮨の夢を見る」なる米国のデビット・ゲルブ監督のドキュメンタリー映画。野次馬根性で借りて来た。店主・小野二郎(88歳)の物語で、おまかせコースは3万円から。感想は?となれば、これがどうしてか何の感銘もない。
○月○ 戦時中の記憶もあって、私は物を食べるのに行列するのが大嫌いだ。けどこの店はナニシロ高いから行列はないので、その点はいいとして、ひっかかったのは次男の「客が親父の店で食べると緊張するっていうんですよ」なる言葉。私は物を食べるのに緊張したくない。二郎の人物感・職業感も、「仕事を好きにならなくちゃ」的な陳腐なるもので...とどのつまりは私はこの「すし屋一代記」には感動しなかった。
○月○日 北海道出身の高間響(たかまひびき)なる劇作家が「ネット右翼〕なる人間達を対照とした劇を発表して注目されている由。いい事だ。本屋に行くと、安倍の尻馬に乗った連中の「嫌中」「呆韓」の本が束になっている。なにしろ「呆韓論〕が7週連続のトップ10入り、「侮日論」「噓だらけの日韓近代史」がベスト10入りで、老舗の三省堂が恥かしげもなく専用コーナーを設ける始末。日中韓三国互いの包容力がためされる時代だと言うのに、困ったもんだと思っていたら、良心的な河出書房新社がこの事態を嘆いてか、「今、この国を考える〜“嫌”でもなく”呆”でもなく」選書フェアを全国の書店で展開し始めた由。室蘭の本屋でも共催するところがあればいいがと切に思う。
○月○日 本と言えば全国大学生協の調査で、当今の大学生の一日の読書時間はゼロが4割と出た。本を読まずに何をしているのかと言うと、スマホだと。本読まず新聞読まず、これでは図書館がいくらいい本を揃えても無駄というもの。小谷野敦に「バカのための読書術」なるいい本があるけど、本読まぬバカにはこの本も届かぬ訳だ。本は売れず、古本屋は減少し...で、何をかいわんや!だ。これだもの、学長の選挙権を教授会から奪う、大学自治崩壊を目指す法案が出されても、当の大学生達には我が事にあらずの筈だわ。
日本が誇る9条にノーベル賞をとネットで呼びかけている神奈川の主婦・高巣直美女史のネットの使い方をひまあればスマホの大学生も学んで欲しいものだ。
○月○日 知り合いの夫婦が、人生も終わりに近いからと家財道具の整理に取り掛かり、聞けば
互いの食器を1セット残してあとは皆捨てたと言う。山頭火じゃあるまいし、私は全く真似する気になれぬ。そう言えば先頃「断捨離(だんしゃり)」の著者の人生模様が某紙に出たが、私は感心しない。ところで、知り合いの若い女性3人程度が美人なのだけど。三人揃って味も素っ気もない。それが呼ばれて家にいって理由が分かったような気がした。3人の家に共通していたのは壁に一枚の絵も、玄関に、トイレに一輪の花もなく、本棚も見えぬスッカラカンと片付いた?のか本来ないのか?の家だった事。あるけどしまっているのとないのでは話しが違うが、今迄ずっとこの生活なら「情感」の育つ筈もないし、ふくろう文庫に何の反応も示さぬ訳だ。片づけたにしろ、無一物にしろ、こうなると病気みたいなもんだ。精神科医の斉藤環によると、散らかった部屋で仕事をする人の方が創造的、なるミネソタ大学の研究結果がある由。ゴミ屋敷も困るが、無一物も困る.桂離宮がスッキリしているのは物がないのではなく、しまってあるからだ。
○月○日 過ぐる4月末,コロンビアの作家ガルシア・マルケスが死んだ。去年の5月にはメキシコのカルロス・フェンテスも死んだから、ラテンアメリカ文学も寂しいことだ。マルケスの故郷はアラカタカ町だが、2006年ここをマルケスの代表作「百年の孤独」の舞台に当る架空の町マコンドに改名しようとの動きがあったが、住民投票で否決された事があった。観光客誘致からの思い付きよりは、読まれる事が作家の名誉だもんな。
○月○日 私は機会に信を置かないので、電子書籍にも一切関心がない。それで何年か前に電子書籍の得失をめぐって、「表現の巾が広がる」とてこれを喜ぶ積極派と、「海賊版などのリスクが多い〕とて賛同出来ぬ慎重派とが論争したときも、全く無関心でいた。それが今年に入って「買った電子書籍の蔵書が消える」との問題が起きた。機械に関心のない私には、その理屈を説明する責任はないが、何でも利用している電子書店が撤退すると、それ迄買った蔵書(これ蔵書と言うか?)が消える由。私の感想は単純で、「それ見た事か、いわないこっちゃ」だ。○月○日 今時の犯罪見ていると皆ケータイ・ネットがらみだ。聞くたびに私が思うことはこれ又単純で、そんなもの持っているからで、電話がなきゃ「俺俺」もかけようがなく、ネットがなけりゃ闇の諸々にも巻き込まれずに済む訳だ。昔フランス文学者の辰野隆は「鉄の固まりが飛ぶのはおかしい」との理屈で汽車で帰宅したら、乗るのを拒否した飛行機が墜落したと言う事件があった。機械は回転寿し位が一番平和だ、と能天気にも私は思うね。
2014.06.14寄稿
私が大学時代前半、「創元文庫」は名の通り創元社が版元だが,この会社は矢部良策なる人が1925年に大阪で始めた出版社で,1951年9月この文庫の創刊。本の扉の裏に著者紹介と著者の写真が着いて,独自の品揃えで人気があったが,1954年に約を500点を出して倒産した。
ゾッキ本が出たのはその余波で,返品されたものが出されたせいか、縦横1㎝程小さくなっていた。と言うのは,もちろん汚れを落とすためで,今のBOOK off の店ならもっと上手に処理するだろうが,時間が早いから,単純明快に裁断した訳だ。だから今,私の棚を見ると,この文庫の本だけが寸足らずで,頭が低くなっている。このゾッキ本で,私が主に買ったのは,ロシア文學で,アンドレーエフとかクープリンとかソログーブとかアルツバーシェフとかメレジコーフスキイとかフリーチェなどがその著者だった。
さて、ここに「ぼくの創元社覚え書1 」なる一冊がある著書は高橋輝次で元創元社の編集者、と言うより今では古本に詳しいフリーの編集者と言ったらよいか。私の棚にも「古本漁りの魅惑(東京書籍/2000年刊)」、「古本の蘊蓄」(燃焼社/平成9年刊)「古書往来2 」(みずのわ出版/2009年刊)などが並んでいる、父親が輝一で、それを次ぐ息子が輝次と,自己中心的な前を付けられたとボヤキながら,三浦しおんの名は両親が文学好きで石川淳の「紫苑物語」から取ったと言う三浦自身の話しをして、しおんが後で調べたら「紫苑」には「鬼の醜草(おにのしこぐさ)」なる、ひどい別名があると知ったと,三浦がフンガイした...と言うような面白いことを書く。
三浦とは、言うまでもなく先頃映画にもなった「舟を編む」で当たりに当った人だ。しおんはともかく「僕の創元社〜」は私のように創元社文庫や又創元社選書に少なからず恩恵をこうむった世代の人間には,面白いだろうくらいの感想でやめておく。
それよりもこの本でも一つ面白かったのは,この本の出版社の名前でそれは「亀鳴屋(かめなくや)」金沢の本屋、部数が少なくて現に私の所持する「僕の創元社〜」も540部限定の304番本。
「カメナクヤ」で思い出したのは曲亭馬琴の「俳諧歳時記栞草」(岩波文庫)、その上巻の「春の部」に「亀鳴」が出ていて〔夫木集〕に「川越のおちの田中の夕闇に何とぞ聞けば亀の鳴くなり」とある。夫木(ふぼく)は鎌倉時代の私撰和歌集で藤原長清が選者だが,入集歌人で一番多いのは、この歌の作者・藤原為家。この歌結構有名で金子兜太編で私が重宝している「現代歳時記」にも、「この歌が始まりで春の季題になった」とある。亀はお経を読む人の声に似た声で鳴くと言う意味の「亀の看経(かんきん)」なる言葉もあるから、亀は鳴くのかも知れんが、私の蔵書中「亀」に関してのたった1冊の「かめものがたり3 」には何も出てナイから、真意の程は分からぬ。
大分前、ブラジルだのボルネオだので新種のカエル発見のニュースがある位だから鳴く亀もどこかで見つかっているかも知れぬ−と、某紙の「〜相談室に」「亀は鳴くのですか」との質問を出したが、ナシのツブテで、思うに亀は鳴く筈はなく、こんな馬鹿な質問に付き合ってられんと思われたのだろう。そのうち、金沢の「亀鳴屋」に命名の由来を訊いてみようと思っているところだ。
過ぐる5月17日に、「北海道学校茶道連絡協議会」なる大会で、全道から集まった300人余の全部女性茶人達(男性は2人のみ、あと4.5人の男性は来賓)に「茶経、茶の本、天心の恋」と題して講演した。「茶経」は茶の百科と言われる古典で、中唐の人・陸羽が書いたもの。「茶の本」は「茶経」を英訳したタイトルで、つまり経=本。最後はその本の著者・天心と星崎波津子との悲恋。自分で言うのも変だが大好評だった。
私は「茶経を語るついでに「ふくろう文庫」が所蔵する趙原画「陸羽烹茶図」も飾って聞いてくれる人の理解を助けた他、戦前の「茶経〕の研究科でかつ精神科医の諸岡保についても語ったが、京都から来た来賓は、「この話は初めてです」と言っていた。この講演を依頼された時、私は直ぐに「茶経」を連想したのだが、そのうちに「あの話はどうかな〕と思ったものがある。それは「茶道にはキリスト教の影響がある」との説。
これ、平成8年に出た増淵宗一著「茶道と十字架4 」なる文献に「むかしは濃茶(こいちゃ)を一人一服づつたてしを、その間余久しく主客共に退屈なりとて、利休が吸茶に仕そめしとなん」とあるそうで、いわゆるまわしのみのことを当時は吸茶と言ったわけだが、これ何のためかと言うのを、「茶」の方では「一味同心」なる言葉で説明する。
つまり、連帯感や親密感を強めるため、又利休の時代は何と言っても戦国の世だから、毒の危険はないぞとの意味もあったらしい。これが昔のキリスト教でミサの時、一つの盃から信者達がブドウ酒を順にまわし飲みした儀式を真似したもの...ではないかと増渕は言う。又茶器などをしまう前に拭く「袱紗捌き」の動作が、キリスト教の坊さんが聖盃を拭くやり方に一致すると言う。して又身分の関係なしに、全員身をかがめて「躙り口」から入る、まあ一種の民主主義的行為は、聖書のマタイ伝にある、有名な「汝、狭き門より入れ」なる言葉にヒントを得たもの、という。
して又、例の「利休七哲5 」のうち,蒲生氏郷、高山右近,牧村兵部はクリスチャンだ...
ということは,右近はルソンへ追放されたし,氏郷は毒殺された...以上の説を「妄説」と断定する本もあるけど,ところがドッコイでで,利休の孫・宗旦の次男・一翁宗守を祖とする武者小路千家14代家元・千宗守は,前述した如く「濃茶」はカトリックの聖体拝領の儀式からヒントを得たのではないかと主張して,1994年ローマ法王ヨハネ・パウロ2世にバチカンで会った時、言ってみたところ否定されなかったそうな。果たして「妄説」かそうでないのか,15代の宗屋は、このあとどう主張するのか、これからが楽しみだ。
ところで、気の毒なことに「利休にたずねよ」の原作者・山本兼一は昨年3月病没した。生きていたら「キリスト影響説」を深めてくれたかもな。
2014.6.14「利休にたずねよ」を観た翌日、これを書く。