`01.3.30寄稿
「貴方、『エルナニ』って御存知?」「エッ、ナニ?」「エルナニ!!」「エッ、それナニ?」。こりゃだめだ。
「エルナニとはね、ヴィクトル・ユーゴー作の戯曲の名前な。」「ユーゴーって、あの『レ・ミゼラブルーああ無情1』を書いた人?」
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「そう、読んだことがなくても、アンリニークインやジーナー・ロロブリジーターの出演になる『ノートツダム・ド・パリ』位観たことあるでしょ。ユゴーはね、文学的には『ロマン主義文学』と言われる文学運動の一派の。まあ、親玉みたいな人だった。そのユーゴーが自分達『ロマン派』の前に立ちはだかる『擬古典派』と呼ばれる大家達を打倒すべく作りあげたのが『エルナニ』なの。」
一寸話はそれるけど、パリの『マレー区』に『ヴォージュ広場』と言うのがあって、『ユーゴー博物館』があり、そこに昔行ったことがある。そこには、ロダンの作ったユーゴーの胸像やら、ユーゴーの著作の表紙を飾った有名な画家の染筆などが展示されているのだが、そんなものは皆忘れて、覚えているのは、入口受付の巨大な胸と尻をした黒人女から、「学生か?」と聞かれたことだ。料金表をよくみたら、「学割」があったのだ。
話を「エルナニ」に戻すと、この劇、初演と言う時に、これ叉「文学史的」に「エルナニ事件」とよばれる騒ぎが起きた。と言うのは、この劇が「コメデイ・フランセーズ」で上演と決まると、古典派が妨害するとの噂が立った。怒ったユーゴーは、友人達を総動員して、見物席からの声援を頼んだ。
その時にこれを引き受けてリーダー格をつとめたのが、作家テオフィル・ゴーチエで彼の指揮のもと、若い詩人や画家などユーゴーの讃美者たちは、平土間と第二回廊とにわかれて古典派のヤジ封じに対抗した。この結果は『ロマン派』の勝利に終わったのだが、この時ゴーチエが真紅のチョッキを着込んでライオンのたてがみのように伸ばした長い髪の頭を振り立てて陣頭に立ったと言う話は有名で、先述『ユーゴー博物館』にはベナ−ルなる画家が描くところの『エルナニ合戦の図』があって、赤チョッキのゴーチエも当然描かれている。
しかしこの「真紅のチョッキ」のことは、ゴーチエ自信によって否定されているから、面白い。詳しくは、「回想録」の第10章「赤チョッキの伝説」を読んでごらん。
このゴーチエには、知る人ぞ知るの「サバチエ夫人ヘの手紙」なる本がある。本と言っても、創作ではなくて、「サバチエ夫人」に宛てた書簡集だ。ところで、フランス文学をかじったことがある者なら、「サバチエ」と言う名を聞いて思い出す詩人がいる筈だ、「誰だろう」!!
ホラ、あの「悪の章」のシャルル・ボードレールですよ。ボードレールが愛した「サバチエ」。そしてゴーチエも愛した「サバチエ」。この美女をモデルにしてクルザンジェーなる彫刻家が作ったのが、今ルーヴル美術館にある「蛇にからまれた女」で、私もかつて、この彫刻を前にして写真をとって来た。
この蛇に‘くるしめられてもだえる女=サバチエ夫人’に宛てた手紙と、「放蕩詩篇」と題する詩集を一冊に収めた奇書が下記だ。清らかムードの聖女達を卒倒させるに足る内容のものだから、ここには引用しないでおく、ザーンネン!!
又、一寸話がそれるけど、ゴーチエには「ジュデット」なる娘がいた。この娘は17才で、フランス最初の中国詩選「翡翠の書」を読んだと言う才女で、後には、パリに留学した西園寺公望(さいおんじ・きんもち)(あの政界に君臨した元老、私に言わせると、食えない爺)と仲良くなって、日本の古典和歌を仏訳して、「蜉蝣集」なる詩歌集を出す。これはこれで、比較文学のテーマで面白いぞ。
さて、ユーゴーからゴーチエ、ゴーチエから娘のジュデット、と話は進んできたが、今回は何故こう言う話になったかと言うと、岩波文庫で全3巻の、ゴーチエ原作の「キャピテン・フラカス2 」が復刊になったからだ。実に20数年ぶりだ。
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私は、大学1年の頃にこのゴーチエを知り、最初に「モ−パン嬢(マドモアゼル)」を読んだ。この小説は「ブルジョワ道徳に挑戦する小説」などと言われるが、モ−パンなる男装の騎士を主人公にした物語で、最後は男装を捨てて女に戻りハッピーエンドなのだが、この小説で、私は「エロチック」なるものの本質らしきものを味わった様な気がする。
ついでに言うと、同じ頃、マシュウ・グレゴリィルイスの「僧侶マンク」(図書刊行¥3689)なる小説で同じ思いを味わったが、その「モ−パン」と並んでゴーチエの代表作とされる「キャピテン.フラカス」が復刊されたことは嬉しい。つまり、この小説をすすめたいがために、ユーゴから話を始めたが、これで皆さん読む気を起してくれたろうか。「マドモアゼル・モーパン」も早く復刊されるといいが「あんな本、こんな本」と題したとて、ナントカ「アンナ」の本など、すすめたくもないぞ。全く。