第211回 今なぜゾラか 

`03.2月寄稿

昨年9月から12月まで、私は、月1回の割合で、室蘭と苫小牧の市立図書館で英仏文学の連続講座を開いた。題して「ふくろう先生と行く文学の森」。応援してくれたのは、室蘭では「たんぽぽ文庫」苫小牧では「ふくろうの森の会」両市で英仏、英仏とやって、ワイルドだ、ハーディだ、サンドだ、と好評裡に終えることが出来たのは幸いだった。

最初に取り上げたのはエミール・ゾラだ。私がこの作家を好きなことが取り上げた動機の中で大きいものだったが、それにも増して、この作家の持つ多面性が近来、益々重要性をを持って来ていると判断したのが最大の動機だ。

なにしろ、全20巻にわたる「ル−ゴン・マカール叢書」たる大小説群を引っさげて、フランス19世紀後半の歴史を描こうとして、見事に成功したその作家としての力量。そして、その力ある作品を書く時に、その制作の支柱たるべきものとして捉えた、画期的な文学理論としての考案者としての力量。

ゾラのどこを見ても、どれ一つとして時代遅れになっているもの、風化して形をなくしているものはない、私は感じた。

私は持ち時間の2時間を費やして、以上の点を語ったが、この私のとらえ方が、愛読者の勝手なものでなくて、フランス本国でも今現在、評価されている点であることを強調した。その結果、室蘭・苫小牧合わせてゾラの作品を含めて、ゾラについてのお薦め本が、100冊近くも共同購入となったのは嬉しいことだった。

これが9月のこと。それが10月も過ぎて一つ朗報が報じられた。ゾラの選集が刊行されると言うのである。今、ゾラの作品は、昭和30年代と違って文庫で読めるものは少なく、本の友社から出ているゾラ選集(全14巻・15冊)は、復刻版とは言え1期2期含めて30万円で、とても一般の求め得るところではない。困った事だと思っていたら、全11巻・別巻1巻で藤原書店から出ると言う。未訳のものも含んでいるから、これ朗報と言わずにいられようか!更に嬉しいことに、その先触れとして、宮下志郎・小倉孝誠「いま、なぜゾラかーゾラ入門ー1 」(藤原書店/2002年刊/¥2800+税)が出た。題名どおり、今になってゾラを読まねばならぬ理由は何かが委曲を尽くして論じられている。それも最新の研究成果を取り入れて、過不足ない内容だ。

最新の結果と言えば、驚くべき本が出た。菅野賢治著「ドレフュス事件のなかの科学2 」(青土社/2002年刊/¥3,200+税)がそれ。

ユダヤ人のドレフュスが、フランス全土にはびこるユダヤ人嫌いの犠牲になって、売国奴、スパイ扱いされたことは有名だが、このドレフュスの無罪を勝ち取るに当って、最大の力になったのはゾラだ。その「ドレフュス事件」を扱ったこの本の驚くべき所は、その呆れるばかりの文献の多さと、それを使いこなす著者の力である。末巻の文献を見れば、果たしてこれだけの量のフランス語他の文献ッを、フランス人でない著者が読みこなすことが出来るものだろうか、と不安になる程だが、本書を細かく読めば、そんなことは素人のいらざるお節介だ、と言うことが立ち所に分かる。

全編、日本の読者に取っては、目が覚めるような事実に満ちている。その一例。ーユダヤ人にはアルコール中毒者が極端に少ない。何故ならば、ユダヤ人は欠陥人間で、観念詩情理解出来ぬ人間で、それ故、アルコールの魅力と効力に無縁なのだ。そして、何よりもかによりも、ユダヤ人の政治家達は酒税法を巧にあやつり「アーリア人」をアルコール中毒に追いやって、自らは財閥として肥え太る一方だからだーこんな偏見をおくめんもなく述べているのは、アレクサンダー・ビルシュなる学者(?)だ。無実のドレフュスは、かくの如きエセ科学者達に包囲されていた訳だ。

ヒトラーの時にもスターリンの時にもエセ科学者がはびこって、権力者に取り入り害を流したが、国をあげて盲信におちいることの恐ろしさが、本書を読めば如実に分かる。素晴らしい本と言わねばならぬ。今後ゾラととドレフュス事件についてに、必読の一冊になるであろう本だ。ところでもう一点、ゾラに付いてありがたい本が出た。

エミール・ゾラ著・伊藤桂子訳「ボヌール・デ・ダム百貨店3 」(論創社/2002年刊/¥3,800+税)がそれ。本邦初訳だ。

この作品は、実は1922年(大正11年)に、三上於菟吉(おときち)が英訳を使って「貴方の楽園」として抄訳ながら邦訳、つまり重訳された。おときち??...そう、あの「雪之丞変化」(ゆきのじょうへんげ)の作者...彼はペンネームからして古臭い感じだけど、実は早大英文科中退の、大変横文字に強い読書家なんだよ。その彼が手掛けたゾラの作品が、初完訳で邦訳されたと言うのは喜ばしいの一語に尽きる。

ところで、東久留米市の市長・稲葉三千男が昨年末亡くなった。この人は市長の激務の傍ら、「ドレフュス事件」の研究者として数々の本を出した文化人だ。偉い市長もいたもんだ。


上は藤原書店の「ゾラ・セレクション』のリスト。ゾラの真価を我が国に定着させるであろう、見事な企画と言えるものだ。善きかな!!善きかな!!

一言付け足し/「文学の森で取り上げたもう1人の作家・トマス・ハーディの原作による映画が公開中。ナスターシャ・キンスキー主演の「遥かなる大地」これ「キャスターブリッジの市長4 」の映画化。

これに伴って、絶版だった「新潮社」の同作品が「潮ライブラリー」の一冊として復刊された¥1,800。読むべし。


  1. 宮下志郎・小倉孝誠.いま、なぜゾラかーゾラ入門ー。藤原書店(2002) []
  2. 菅野賢治.ドレフュス事件のなかの科学.青土社(2002) []
  3. 伊藤桂子.ボヌール・デ・ダム百貨店.論創社(2002) []
  4. トマス・ハーディ.キャスターブリッジの市長.千城1985) []

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