第138回  皇帝と白楽天

`98.12.1寄稿

「日、中、仏、米、の4カ国が総力を結集。全世界待望、今世紀最大最後の映画ロマンついに!」・・・・と大評判の「始皇帝暗殺」を観て来ました。

かくうのじんぶつ、ちょうひめにふんするしゅえんじょゆう「鞏俐.コン,リー」のあでやかなこと、おどろくばかりです。「美人は3日見ればあきる」・・・など、この美人にはあてはまる言葉ではありません。「紅いコーリャン」のデビュー以来、魅せられるばかりです。

美人はさておき、始皇帝について、知識をまとめておこうとするなら、「兵馬備と始皇帝1 」がいい本です。

始皇帝の生涯と事跡がスンナリと頭に入る仕掛けに出来上がっている本です。

映画を先に観てからこの本を読むと創られたものと歴史上の事実との違いがはっきりとわかって、小むずかしい歴史書の面白くなさが逆にわかる、と言うものです。

東大の心療内科が開発した「交流分析理論」なるものによると、始皇帝は「自己愛人格障害」と診断されて、「病的」な部分が多い人間だった、と判断せざるを得ないそうな。

さて、中国と言うと、テレビの「何でもお宝鑑定団」とか言う番組で、「長恨歌」絵巻が話題をよんだとか??

聞いた話では、金沢は、前田家(大名)の筋から出たもので1,000万円だったとか。

因に「長恨歌」(ちょうごんか)とは、唐の玄宗(げんそう)皇帝が、楊貴妃をなくした怨恨の情を述べたもので、唐の詩人、白楽天による叙事詩です。

美人、それも色香で城や国を傾け滅ぼすほどなものを「傾城(けいせい)の美女」と言いますが、楊貴妃が正しくこれで、玄宗は彼女にメロメロになって、国を治めるのを怠り、国を滅ぼしてしまうのです。

この玄宗の恨みを詠った白楽天の詩2 を、武部利男の「ぜんぶかながき」の卓抜(たくばつ=普通の人には真似が出来ない程すぐれている)な翻訳を読んでみませんか。

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前野直琳の訳によると、

「漢の帝(みかど)は色ごのみ 絶世の美人が得たいものとしろしめす御代(みよ)の年ごとに探したけれどみつからぬ」

これが、武部の手にかかると、「カンのみかどはいろごのみ、すごいびじんをもとめてた てんしになってひさしいが てんかにびじんはいなかった」となります。楊貴妃の美しさは、「ひとみをめぐらしほほえむと なまめかしさがみちあふれ きゅうでんじゅうの おんなども おしろい まゆずみ いろあせた」だった由。白楽天が一度に身近かになります。

ついでにアーサー・ウェーリーの名著「白楽天3 」もどうぞ。

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この名著を訳した花房英樹にも、「白楽天」(清水書院・人と思想シリーズ)なる評伝がありますが、これは啓蒙的なこのシリーズに入れられたものにしては、書きっぷりがいささかむずかしい。

さて、最後は最近読んだもので一番面白かった本。

それは、田中善信の「芭蕉、二つの顔4 」です.

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なにしろ、この本、おどろかされることばかり、例えば、伊賀上野から江戸に出た「俳聖」芭蕉は、ナント、神田上水の水の浚渫(しゅんせつ=泥さらい)工事の請負をしていた、そして妾(めかけ)としていた、女と・・・・

このあとは書くことが出来ません。この推理小説的に面白い本の種あかしをする訳にはいかないからです。

気になる方はどうぞ、どうぞ一読を!!

98,12,1(火)

  1. 今泉恂之介.兵馬備と始皇帝.新潮社(1995) []
  2. 武部利男.白楽天詩集.平凡社(1998) []
  3. アーサー・ウェーリー.白楽天.みすず書房; 新装版版(2003) []
  4. 田中善信.芭蕉、二つの顔講談社(1998) []

第137回 岡倉天心とめぐる人々

`98.11.16寄稿

毎週火曜日に、市立図書館の1階又は2階のカードボックスの上に、ボランティアで、鮮やかな花々を生けて呉れている佐坂美子さんが、先日、札幌まで行って来た、と、道立美術館で、昨、11月15日まで開かれていた「日本美術院創立百周年記念展」の図録を見せて呉れました。

200ページ余の大册を開いてみると、私の好きな、横山大観の「屈原」(くつげん)菱田春草(しゅんそう)の「黒き猫」、前田青邸(せいそん)の「唐獅子」などが出品されています。 続きを読む 第137回 岡倉天心とめぐる人々

第136回 川柳と鶴涁

`98.10.30寄稿

我が家の居間にはスライド式の本棚が一基置いてあります。その中身は、植物図鑑、鳥の図鑑、食物に関する本(EX.料理名由来考、たべもの日本史、図説江戸時代食生活事典)、人名辞典(EX.日本歴史人名辞典、日本系譜線覧)、地名辞典(EX.日本地名ルーツ辞典、世界地名語言辞典、北海道の地名)、それに歳時記(EX.味覚歳時記、俳句・野菜と果樹の歳時記、季語になった魚たち)等々です。 続きを読む 第136回 川柳と鶴涁

第135回 外国人が見た江戸の旅行記

`98.10.30寄稿

江戸は元禄3年(1690年)に,エンゲルベルト・ケンペル(1651〜1716)と言うドイツ人が,日本にやって来ました。周知のように,鎖国をした日本では,長崎の出島にとじ込めたオランダ人には貿易を許していたのですが,その貿易を担当していた「オランダ東インド会社」の日本商館付の医師として,彼,ケンペルは来日したのです。 続きを読む 第135回 外国人が見た江戸の旅行記

第134回 貴重な和本と復刻版紹介

`98.9.10寄稿

第132回では「気海観瀾」の話を,第133回では,このニュースに刺戟された市立伊達図書館で見付かった「気海観瀾 広義」の話をしました。今回は先づ,「和本情報」第3弾とでも言うべき記事をのせておきましょう。

貴重な和本 続々発見(1998年8月24日月曜日 室蘭民報朝刊)

市立室蘭図書館(井上方大館長)の書庫から,江戸時代から明治にかけて木版刊行された全国的にも貴重な和本が数々発見されている。日本初の物理学書「気海観瀾(きかいかんらん)」(青地林宗著)に続き,このほど国内初と思われる1695年(元禄8年)刊の「三体詩」(著者不明)3冊や,わが国古来の人物五百余人の像を描いて1868年(明治元年)に出版された「前賢故実(ぜんけんこじつ)」(菊池容斎著)全10巻20冊なども見つかり,まさに「宝の山」の観を強くしている。書庫に眠っていたこれら書物は約1.000点。その来歴などを探ってみた。(高木忍記者)

■ 国内新発見?

このほど新たに確認された「新版改正三体詩」は3巻3冊。「元禄8年」の発刊と記され,著者は不明。「三体詩」の注釈書は1500年代から数種出されているが,「日本古典文学大辞典1

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「前賢故実」は,幕末から明治時代前期にかけての日本画家,菊池容斎(1788-1878年)が,古来の忠臣,義士,烈婦など五百余人の像を描き,1868年に木版出版された。従来の歴史人物画に新生面を開いた労作として知られている。国内で10巻20冊がそろっているのは大学図書館など26 件。室蘭が27件目となり,道内では初めて。

このほか江戸時代後期の儒者,斉藤竹堂(1815-52年)の「竹堂文鈔 」(1879年刊),江戸時代の安全な旅の心得を説いて,昭和47年にも復刻されている八隅景山著「旅行用心集」(1810年刊)など貴重な書が多い。

調査を続けている山下副館長は「注目すべき古書はまだまだ出そうだ。戦後,西洋的なものに流されて希薄となった日本固有の歴史観,文化史をうかがう上で貴重な資料と言える」と興味を示している。

■ 所有者名も

これらの書物はどのような経緯をたどって今に残っているのだろうか。同館の蔵書目録には一切記録されないまま,書庫に眠ってきた。書には朱色の図書館蔵書印がいくつか見られる。1冊に複数押されているケースもある。最も古いと思われるのが「倶楽部図書館蔵」,次いで「室蘭区教育会図書館」「室蘭図書館」など。

倶楽部図書館は,明治43年11月に結成された室蘭倶楽部(服部慶太郎代表)の私設図書館と思われる。同倶楽部は大正2年,旧室蘭駅前に建設された公会堂の社交団体で,政財界人らが集っていた。有志らが蔵書を持ち寄り,できた図書館と思われる。

故・平林正一さん著の「室蘭史話紀行」(室蘭図書館奮闘史)によると「室蘭区教育会図書館」は大正10年5月,当時の在郷軍人分館建物(旧海運町5,現山手町2)内に仮開館。その際,室蘭倶楽部が蔵書,書架などを寄贈し準備が整えられたことが記されている。さらに翌11年8月の市制施行により,同12年4月をもって「室蘭図書館」に名称変更された。

「当時,本は高価だった。これら古書のほとんどは有志の寄贈本だろう。かつての所有者の個人名が書かれた本も少なくない。中には骨とう品的趣味で集めたと思われる人の名も見受けられる」と山下副館長は推測している。

■ 不幸中の幸い

こうした貴重な本が,戦後五十数年もなぜ未整理のままになっていたのか。これら古書は,スチール製の靴箱2基にギッシリと納められ,同館3階の書庫に無造作に置かれてきた。「25,6年前にほかの新しい本と区別されて整理された」(井上館長)というが,図書目録などは作られなかった。

これほど貴重な書物が交じっているとは,歴代の館長,司書をはじめ,館職員の誰もが気付かなかったというのが真相。昨年6月から同館に勤めた山下副館長が目を通し”宝の山”であることが初めて分かった。焼却処分されずに”放置”されてきたのは,不幸中の幸いと言える。

「古書はその分野の本の中でどういう位置を占めているのかが分からなければ価値判断できない。書名をみてピンとくるには,その分野に興味を持ち,頭の中にかなりのデータを蓄積していなければ難しいかも知れない」と山下副館長。

調査の参考書としては,5万4.000項目を収めた今世紀最大の歴史大辞典といわれる「国史大辞典」(全15巻17冊),本の評価や全国的な所蔵状況が分かる「国史総目録」(全9冊)がある。「国史総目録」は,同館では山下副館長就任後に購入したばかりだった。

古書1.000冊の精査・整理については,「各書物の解説を含めて今年度いっぱいかかりそう。その上で目録も作りたい。一般公開の方法も考えたい」(同副館長)としており,通常業務の時間を縫っての調査作業が続けられている。

和本の話はこれ位にして,今年4月,長野県岡谷市に「イルフ童画館」(JR岡谷駅より徒歩5分/開館時間 10:00〜19:00/休日 木曜日 12月31日 1月1日/入場料 ¥800/TEL 0266-24-3319)なる美術館が出来ました。「イルフ」は武井武雄の造語で「古い=フルイ」の反対語で,つまりは「新しい」と言うことです。武井武雄は「童画」なる言葉を作り,自らの作品で,それを世間に定着させた人です。彼は又,挿絵,版画にも興味と才能を示し,結果,「刊本作品」と呼ばれる「豆本」を作り続けた人でもあります。私は幼稚園の時から「キンダーブック」で,彼の作品になじんで来ましたがありがたいことに,大正15年にでた『ラムラム王2

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なる童話が復刻されました。全くのナンセンス童話ですが,まあ,武井の世界がどんなものかを知るには,うってつけの作品です。童心に戻れるか・・・の・・・テストにもなるかも。

もう一点,ありがたい復刻をお知らせします。小学館文庫の「そば通の本3 」です。

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浅草のそば屋「やぶ忠」の村瀬忠太郎の語り下ろしで,昭和5年に出たものの復刻で,かつて「そば,うどん名著選集」にも入っていた「そば」の古典です。「そば,寿司,うなぎ」さえあればと言う和風派の私には,これ又ありがたい本です。

‘98.9.10(木)

  1. 古典文学編集委員会.日本古典文学大辞典.岩波書店; 〔簡約版〕版 (1986) []
  2. 武井武雄.ラムラム王.銀貨社(1997) []
  3. 村瀬忠太郎.そば通の本.小学館(1998) []