2022.01.31(月)寄稿
杜甫(とほ)に「曲江」(きょっこう)と題する詩がある。「曲江」とは長安(今の西安)にあった池の名で、武帝が「宜春苑」を造った時、水流が「之(し)」の子に蛇行したので付いた名で、景勝の地だ。 続きを読む 第431回 エリック・サティの思い出
2022.01.31(月)寄稿
杜甫(とほ)に「曲江」(きょっこう)と題する詩がある。「曲江」とは長安(今の西安)にあった池の名で、武帝が「宜春苑」を造った時、水流が「之(し)」の子に蛇行したので付いた名で、景勝の地だ。 続きを読む 第431回 エリック・サティの思い出
○月○日/ 新年になってからのニュースだが、今中国の西安市が、新型コロナ(と言うことはオミクロンか)の感染拡大で昨年12月23日からロックダウンが続いているという。 続きを読む 司書独言(238)
2022.1.11寄稿
私は、正力松太郎に始まって、今の「ナベツネ」に続く「読売新聞」の体質というか、性格というかが好きではない。その体質は、一言で言えば「安倍の御用新聞」という感がするからだ。 続きを読む 第430回 特攻の美化と戦争への無反省
2021.12.7寄稿
「占領神話の崩壊1 」
「本の話」no844「白洲次郎の正体」を読まれた人は次にあげる文章を読んでどんな感想を持つだろうか。「プリンシプル(原則、原理主義)」そんな言葉とともに今、白洲次郎さんに光が当たっている。身長180cmハンサムボーイ。マッカーサーにノーと言った男だって!そりゃかっこいい。吉田茂の懐刀(ふところがたな)として戦後の復興に尽くし、サンフランシスコ講和の会議にも随行した。アメリカの51番目の州だなどと自嘲気味になっていたときだから、なおさらモテる。わが首相(小泉のこと)はエルビスに夢中だし。気がつけば本屋に白洲次郎本があふれている。でも会いたくなったのはその次郎さんではなくて、彼の妻正子さんの方。そりゃだって、誰よりも早く、次郎さんの資質を見抜き独り占めした女性、そして自由に生き抜いた女性だものかっこいいじゃない。そう思った。」
この歯の浮くような、昔なら、文学少女とでも呼びそうな人が書いたような甘たるい文章。筆者は誰かとなれば、意外や、強面のジャーナリスト鈴木琢磨で、2006年8月10日に発表されたものだ。しかし,前記した「占領神話の崩壊」を読んだ者には鈴木の文章の冒頭の白洲プロフィールが全く偽りのものだと分かる。して又鈴木が「かっこいいじゃない」とした白洲正子についてはかって「芸術新潮」の特集号で取り上げられ、それを放送作家の町山広美が紹介した所に寄ると、白洲正子は美にうるさいが、家事は大嫌い、食事の器にこだわるものの、めったに洗おうとしない。〜パエリアを食べた時には「スペインの屋台ではこうやったから」と言い、貝のからを床にペッと吐いて楽しんだ」とある。私はこんな女を鈴木のように「自由に生き抜いた女性」だなどと評価する気にはなれぬ。まあ正子は今おいて、鈴木が、白洲次郎について、点数が甘い、つまりは、次郎が自作自演で捏造した「マッカーサーにnoと言った男」etcの駄法螺(だぼら)を見抜けなかっただけで、それは「占領神話の崩壊」が発表される前のことだから、あながち鈴木の罪だ、と言う訳にはいかない。この本で白洲次郎の正体ははっきりしたが白洲に更にダメオシしたのは、私が「そのうち読んでみよう」と書いた鬼塚英昭の「白洲次郎の嘘2 」だ。鬼塚は、白洲がほんの一行でも登場する本を含めて、白洲関連本を数百冊読んだ後でこの本をまとめた。その内容は帯にある通りだ。曰く「日本のプリンシプル」の虚言と我欲に塗れた実像。誰がどんな思惑で、このウソツキ野郎を礼讃するのか」。私は白洲本があふれている時も、何故かウサンクサク?一冊も読まなかった。馬鹿見ずに済んだ訳だ。ラッキー!!ラッキー!!
私はスマホとやらを持っていないから、ツイッターとやらも全く知らぬが、その世界のことは新聞その他で大体押さえている。それらによると、百田尚樹はかつて自分のブログなるもので「もし他国が日本に攻めてきたら9条教の信者を前線に送り出す。そして他国の軍隊の前に立ち「こっちには9条があるぞ!立ち去れ」と叫んでもらおう」と憲法を小馬鹿にしていた由。ところで、目下岸田のもと、改憲論がかまびすしい。そんな動きのせいか、幻冬社が百田の悪評だらけの「日本書紀」を幻冬社文庫として出すと猛宣伝を始めている。百田の本は間違いだらけだが、それを一介の素人の読者が指摘反論することは結構むずかしい。それで、ここには邪な百田にひきずられることを防ぐための武器となる本をあげておこう。どの本も表紙と帯を見れば内容がわかるようになっているが、
①「日本国紀をファクトチェック3 」の3人の著者は全員教員経験者。歴史教育に携わってきた者として、百田の本の真偽を検証したもの。その上で初版と6版を比べると、増刷時に告知も詫びもなしに修正、追記している。つまり、初版と6班では別の本になっているのにその事を言わない。著者と出版社のこの態度は許されるべきものではないとする。読んだ後は付箋だらけになったとも言う。つまり、間違いだらけ、問題点だらけだと言う事、百田の本がだ。
② 次に「百田尚樹、”日本国紀”の真実4 」は、間違いとパクリの全てを検証したもの。加えて、「そこまで言って委員会」の司会者ヤシキタカジンを扱って裁判沙汰になった百田のインチキ本「殉愛」をめぐる諸々が論じられる。
③ 最後は、私立西大和学園中学、高等学校教論、浮世博史の「もう一つ上の日本史、上下5 」。浮世は「歴史にまつわる俗説や誤認はネットが普及した2000年以降顕著です。これらの文章はプロの歴史家の書いたものでない事はすぐ分かります。自分の主義主張が先にあり、それに合わせて歴史を語る、という分かり易い特徴があるからです。歴史「を」語るのではなく、歴史「で」主張を語っています」として百田の本を初めとして、類似の歴史の誤認を指摘するつまり歴史「で」主張を語る事はプロパガンダ(政治的な宣伝)であって社会科学ではない、と言う。先天性虚言症の安部と組んでこれまた同じようにケロリと嘘をつく百田の本に金を使うより真っ当な本に金を使って真っ当な知識を得、真っ当な人間になろう。