司書独言(234)

◯月○日/  8月15日の中国のニュース。江蘇省政府は、同省の観光地揚州市のデルタ株のコロナ対策が失敗だとして、副市長と共産党書記を解任処分したと。読んで「菅」も中国にいたら、疾うの昔に首だよなと思ったことだった。それが9月に入って漸く引っ込んでくれた。呉れたはいいが私の頭には「空は晴れても心は闇だ」のせりふが浮かんだ。これ、「金色夜叉」の貫一のセリフだったか。或いは何か浪花節のせりふだったか。私の言いたいのは「菅は消えても日本は闇だ」ということ。

◯月○日/   振り返れば、官房長官の時の問答無用の冷血漢菅の面と目を見ればこの男が如何にロクデナシか分かる筈なのに、メディアは本当は違うのに「叩き上げの苦労人」と褒め、又名誉欲にかられた作家の瀬戸内寂聴なる婆さんも菅を「品もよく、立派な首相づらしている」と何の見返りを狙っているか褒め、すると馬鹿な国民の6割がそれらを信じて支持し、と言う下らぬ現象が起きてしまったのだった。並みの人間なら「菅の顔は特高面だ」と言った作家の辺見庸の言葉の方が当たっていると思うところだがな。蛇足だが「特高」とは作家小林多喜二を殺した思想警察だ。もっとも菅の支持率は今2割になったから、4割の国民は正気に戻った訳だ。

◯月○日/  「菅は消えても日本は闇だ」と何故思うか、となればそのあとを引き継ぎたいと名乗りでた連中の顔ぶれが悪すぎるからだ。ここに前田勇の「江戸語の辞典」があるが、中に「み度でも無い」があって、意味は「見たくない」を強めて言う「見るのも嫌だ」の意だとある。これが更に変化というか進化というかしての言葉が北海道弁にある。石垣福雄の「北海道方言辞典」にある「ミッタクナイ」がそれで「醜い、見苦しい」つまり「ミタクナイ」程醜い訳だ。これが如何にぴったりと当てはまるかを、再度菅の後釜狙い候補の面々を見直して確かめてごらんなさい。

◯月◯日/ 何故か色男ぶってやたらニヤつく岸田。妙に自信ありげに見せたがる杓子づらの河野.いつも「睨めっこしましょ」的に目を向いて見せる石破。必要ないのにその厚い面の皮をほころばせて微笑もうとするも失敗してすぐに本音の冷たい表情に戻る高石(そういえば菅の微笑を見たことがないが、あれは悪念凝りすぎて顔が固まってしまったんだろうな)野田も高慢ではち切れそうな面だ。見たくないのは面だけではないぞ。この連中の思想も褒められたもんではない。岸田は核兵器使用容認で改憲論者、河野は外相時代に菅を真似てか対ロシア外交についての説明を一切拒否、一方韓国大使を呼びつけて「無礼ですぞ」と江戸の奉行所みたいに脅かして見せたりと、ともかく強がって見せたがる男、靖国参拝の高市は自民党の中でも今や歴とした極右、石破は沖縄の辺野古移設の容認派、etcで,その誰もが安倍に責任を取らせようとはしない、つまり(自民党の世が変わらん限り)「日本は闇なのだ」と私は思うがね。

◯月○日/   要するに、安倍、麻生、二階、と「見度でもない」連中が消えてくれないと、日本の一切合切がが好転しないということ。毎度積み重なっていくこの「ウンザリ感」、下手すると皆「死にたく」なるぞ。菅が消えることに対して、「ぶれずによくやった」なぞと、これまた何を狙っての発言かと思えるのを述べた鉄面皮な鈴木宗男だの、菅を褒めちぎるアトキンソン(昔菅に拾われた男)の様な馬鹿は別として、胸のすく感想を言ったのは、元文部科学省事務次官の前川喜平、曰く「〜国民の命、暮らしをないがしろにし、自分の権力拡大しか考えていなかった。首相の地位に恋々としがみつき、そのために権力を失った。「自業自得です。」この「恋々としがみつき」は菅がかつて前川を貶めたときに使った言葉だ。前川が現役の時、菅は読売新聞を使って、前川がキャバクラとやらに出入りしていると誤報を流した上、国会で前川をおとしめたのだ。

◯月○日/ 「わきまえない」なる言葉は脳天気の森が使って広がったが、考えてみれば菅が一番わきまえない男で、何を過信したか己の分際をわきまえず総理になり、なったはいいが結果、その職に座るべきではない、能力ゼロの男だと言うことを天下に露呈した訳で、改めて「よせばよいのに」と笑ってしまう。前川の言う通り「自業自得」だ。それにしても、教養のなさ言葉の不足、情勢を把握できない頭の悪さetc,「菅百馬鹿物語」でも直ぐに書けそうな程に、情けない男だったなあ。国会での答弁を見て、朝日の記者が、その無能ぶりについて、「〜痛々しい」と書いていたが、普段の態度が悪いから同情する気にもなれぬ。

◯月◯日/  嘘八百並べる先天性虚言症の安倍の後に、これまた、先天性国語力不足男が続くとは!!天は日本を見捨てたのか?と、問いたくなる、しかも、その虚言症がまだ大きい顔をしてキングメーカー(政権の重要ポストの人選に発言権を持つ人)ぶっているとは!

◯月◯日/  新聞で小学校に入学した長男が〜と言う投書を読んで驚いた。学校が推奨する鉛筆が「2B」だと知って、このお父さんは自分の時には「HB」か「H」だったのに、と不思議になって調べたそうな。その結果今時の小学生は筆圧が弱いので「H」ではダメとわかった。そしてその原因は、今水道で蛇口をひねることもあまりなく、タブレットやらの普及で、普段字を書くことがないからだと判明した。この筆圧で思い出したのが、高3の時の書道のE先生だ。Eのニックネーム「若干」で、それはEが「そこは若干跳ねて」とか「ここは若干力を入れて」とか、「若干」を連発するからたった。

◯月◯日/  或る日、授業が始まって若干過ぎて、「若干」が黒板に向かって何かを書き始めた時に、私は半紙を出したあとの紙袋を膨らまして、何気なしに割った。するとやった私が驚いた程に「パン」と大きな音がして、同時に「若干」が若干どころでなく、私の見た所では30cm程とび上がったのだった。振り向いて、「若干」は私が紙袋を手にしているのを見ると、「こら、敏明、出てこい」と言った。私は別に故意にやったわけではなかったので、悪びれず出て行った所、「此処に立ってろ」と言われ、黒板を背にして、皆の方を向いて,「若干」通り越して、終了のベルが鳴るまで立たされた。

◯月◯日/  と此処まで書いて、我が家にも遊びに来たことがある同級生だった「若干」の娘のH子を思い出した。鼻高のH子は我が家に遊びに来て観察した結果を「山下さんの机の引き出しの中はきちんと整理されている」(いつ見たもんだか)と言った具合に同級生のY子に報告していたらしい。それが大学入学後の或る年の夏休み、日進堂書店に行くとH子がいて、私が思わず「H子、えらくきれいになったなあ」と言うと、あにはからんや「若干」が書棚の影から現れて「こら、敏明、みだらな事を言うではない」と怒られた。それ以後H子にあった事はないが、H子は東京在住で今でも、東京での同窓会に(私は出た事なし)出席した誰彼に私への伝言をよこす。ところが、H子は何年前だったか、東京の仲間とエジプトに観光旅行に行ったとかで、その時の写真をY子が見せにきた。ピラミッドの前に2〜30人程並んでいて、中にはターバンを巻いた目鼻だけの女装したフセインみたいなのもいる。誰が誰やらわからない、それで聞くと、ナントそのフセインがH子だった。若干、「時の移ろい」を感じたね。

◯月◯日/ 私は酒は強い方で、何でも飲むが、昔はウオッカだとか、ラキだとか、強い酒をストレートで飲むのが好きだった。それで、人並みに宿酔(二日酔い)する事もあったが、そうすると、いつでも熱い湯に入って汗を流してから、コカ・コーラを飲んで「カッパ巻き」を食うと直る、まあ薬いらずの方だった。ところが最近そのコーラが嫌いになった。その訳は....今回の五輪で、鹿島サッカースタジアムに鹿島市内16の小中校生が観客動員される事になったが、市教委に対して、五輪側から、会場に持ち込み可能の飲み物はコカ・コーラであること。もし他社の飲料を持ち込む場合はそのボトルのラベルははがして来いとの指示が出たとのニュースを読んだからだ。発案の出処は知らずだが、ナントエゲツナイ事をするのだろう。今度宿酔したらペプシに変えてやるぞ。

◯月◯日/ コカ・コーラで思い出したのは米の「ベン&ジェリーズ」なるブランドのアイススクリームの話だ。この会社は「ブラック・ライヴス・マター=BLM=黒人の命も大切だ」運動やL GBTQ+(性的少数派の権利)保護を支持してきた会社だという。この会社が、イスラエルでの販売を取りやめると発表して国際的に評価されているという。事の次第は次の如し。

◯月◯日/ ヨルダン川西岸をイスラエルが1967年以来占領して入植を続けている。これは国際的に言うと違法だというのが多くの国の立場なのだが、イスラエルは聞かない。それでアイスクリーム会社はBDS(ボイコット・資本引き上げ制裁)の手に出てこれが評価されている訳。70年以上もイスラエルはパレスチナを傷め続けているが、これに抗議している一人に、路上画家のバンクシーがいる。「ベン&ジェリーズ」なるブランドを今迄知らなかったが、今後見つけたらパレスチナ支援の意味で食べるつもりだ。

◯月◯日/ アメリカは同時多発テロ後の20年間世界各地で対テロ戦争を行ってきたが、その戦費たるや日本円で881兆円だという。無駄金だなあ、更にその間死亡したアメリカ人は92万9000人で、その4割が民間人だという。軍人も含めて言っちゃ悪いが、無駄死に、犬死にだと思うなあ。馬鹿なブッシュの息子と戦争大好きなラムズヘルドに引きずられて、したくない戦争を始めて、挙句これだけの犠牲だ。

◯月◯日/ 数ある戦争の中、今問題のアフガン戦争でアメリカが使った金は250兆円、死んだのは米の軍人が約2,500人、アフガン人約24万人。先日これについての投書があって、その人は全長25㎞の用水路を作った中村晢医師がかけたお金は約20億円。だといい、もし武力に使った250兆円が、この平和事業にむけられていたならなあと嘆く。全く同感だ。ラムズフェルドはこの間死んでくれたが、ブッシュはまだヌクヌクといきている。

◯月◯日/ 図書館は「利用者の読書事実を外部に漏らさない事」を原則としている。戦争中読者ガードを使って、例えば特高たちが利用者の思想調査をした事などを教訓として出来た鉄則だ。要するに、読者の思想・信条に関するプライバシーを守ろうとするものだ。だから、警察が来ても令状なしの調査には応じない。然るに「親心子知らず」というか、最近「昔自分の読んだ本を知りたい」てな事を言ってくる利用者が増えているとして「貸し出し履歴を保存して提供する」サービスをする図書館が増えているという。私なぞは自分が読んだ本、自分が買った本位、自分で記録しておけと思うが、時代が変わってきたのだろう。

◯月◯日/ 私の友人ではないが知り合いに北大工学部を出た70代の男がいる。美術館、博物館、行った事なし、本を読むのは大嫌い、趣味はスケアダンス。その曲200曲を鼻で歌えると自慢する。その男が妻君を亡くして、女性の集まるグループに近づいたが、女達がつけたニックネームが、ストレートに「馬鹿男」(ばかお)。コンビニで買ったおにぎりの表面積を算出したりするのも好きだ。で、この男マイナンバー制度が始まると直ちに市役所に出かけて取得し、その事を自慢にきたので、「プライバシーが問題視されている制度だよ」と言うと、「俺は悪い事していないからなんの心配もない」と言う。こういう手合いは、先の図書館の履歴保存の原則などどこ吹く風だ。目下悪政を重ねた菅が始めた「デジタル庁」とやらについて、識者の多くが懸念を述べているも、こうした「馬鹿男」達には通じない。そのデジタル庁事務方トップの一橋大の名誉教授とか言う女学者が「著作権のあるものを無断使用した」と分かって公式謝罪した。個人情報だだ漏れのこの剣呑な制度、学者の多くが反対しているのに、黒柳徹子だの、あのヌードに近い写真集を何万部だか売った田中みな実という元アナウンサーが宣伝役に駆り出されている。思えば、黒柳徹子も体制順応派だもんな。

 

第426回 フランソワーズ・アルヌール、 さまざまな差別との戦い

2021.9.6寄稿

私が女の「おっぱい」を初めて見たのは高2の時だ。当時、父は春秋2回、自分の手掛けている会社の従業員を、3、4社まとめて旅行に連れて行った。でその年の観楓会は、登別温泉となって、皆して第2滝本館に泊まった。その時だ。私が風呂に入っていると、事務員のO嬢が入ってきた。当時は混浴が普通だから、それは当然だったが、20歳ぐらいだったと思う彼女の盛り上がった「おっぱい」に私はびっくりした。 続きを読む 第426回 フランソワーズ・アルヌール、 さまざまな差別との戦い

第426回(ひまわりno242)

私が女の「おっぱい」を初めて見たのは高2の時だった。当時、父は春秋2回、自分の手掛けている会社の従業員を、3、4社まとめて旅行に連れて行った。でその年の完楓会は、登別温泉となって、皆して第2滝本館に泊まったその時だ。私が風呂に入っていると、事務員のO嬢が入ってきた。当時は混浴が普通だから、それは当然だったが、20歳ぐらいだったと思う彼女の盛り上がった「おっぱい」に私はびっくりした。「よっちゃん」という人だった。その次に私が見た「おっぱい」はフランスの女優、「フランソワーズ・アルヌール」だ。これも確か高2だ。これはジョルジュ•シムノンの小説「判事の手紙」が原作の「禁断の木の実」で名優ヘルナンデル扮する気弱な中年の医師を小娘のアルヌールが誘惑する話。この中で彼女が「おっぱい」を見せる。まん丸い「おっぱい」だった。ついでに言うと、3度目の「おっぱい」は「浮気なカロリース」で風呂から全裸で出てきた年増の美女マルチーヌ・キャロルの「おっぱい」エミール・ゾラ原作の「女優ナナ」にも出て世界中の男を悩殺したこの女は、たった45歳で風呂場で死んだ。ついでにもう一つ、ジョルジョ・シムノンは私が一番好きな小説家で、私の棚には4.50冊あるが、この人の小説ほどさっと本筋に入っていくものはほかにない。アルヌールもその辺を「シムノンの小説では〜わずか数行の文書を読むだけで、読者はたちまち小説の世界に引き込まれ、わくわくする旅が始まるのだ」と言う。当たっている。

アルヌールを次に見たのは「フレンチカンカン」で1888年創業の「ムーラン・ルージュ」の創業者ジドレルをモデルにして、フレンチカンカンの誕生を描いた名作だ。これは長いスカートをまくりあげ足を高く上げて踊るテンポの速い踊りで、踊り子全員が両股開きで着地する。

興行師役はジャン・ギャバン。その情婦役がマリア・フェリックス踊りの名手の小娘役が、アルヌール。ラストのカンカンがこの上なく楽しい。主題歌「モンマルトの丘」を歌うのがコラ・ヴォーケル。そういえば、エディット・ピアフも特別出演した。因みに、この「ムーラン・ルージュ」(Moulin Rauge)は「赤い風車」のことで、これが劇場の壁につけられていたからだ。

後年私と我妻さんはパリに着いたその晩に、この「ムーラン・ルージュ」(もちろん現代の)に出かけて、1920年代に栄えた一大娯楽の殿堂をしのんだものだった。

アヌールの作品で一番忘れ難いのは「ヘッドライト」だ。シムノンと同じく私の好きな、セルジュ・グルーサルの「過去のない女」。初老の運転手がジャン・ギャバン。この男が家庭を捨て新しい人生を送るべく選んだのが、ドライブインのウエイトレスのアルヌール。この二人が迎える悲劇を、哀調きわまるジョセフ•コスマの曲が予告する。原因は今書かないが、女は死を迎える、絶望にかられるギャバンの顔、こんな悲しい映画はそうないと思う。今にして忘れる事のない名画だ。(しみじみと、切ない映画だったなあ)長々と語って来たが、このアルヌールが90歳で、過ぐる7月20日に死去した。よってここに追悼の意味で、「フランソワーズ•アルヌール自伝」を出す。

「ブラック•パンサー」はアメリカの黒人解放運動の政治結社だ。最近その活動を描いた「ユダ&ブラック•メシア•裏切り」を観た。20歳で殺された党首に代わって未亡人と息子が未だ人種差別に対して闘っている様を描いている。これを観て

「Black lives Matter/ブラック・リブス•マター」運動の遅来る、それでいて確実な歩みを思いながら・ふと思いついて、古典を見直した。

名優グレゴリー・ペックがアカデミー主演男優賞をとった「アラバマ物語」だ。これは同時に脚色賞と美術監督装置賞もとった。原作はハーパー・リー。

アラバマ州で起きた強姦罪で訴えられた黒人を弁護士のパックが救おうとして無罪を立証するのに成功するが〜