第262回 知識を得るにはお金がかかるだから「ふくろう文庫」

`07.7月18日

「ふくろう文庫.ワンコイン美術講座」と題して、7月から1ヶ月置き、奇数月に講演会を開くことにした.7・9・11・1・3と年度内は5回やる訳.ワンコイン=¥500で、これは聴講料。主催は「ふくろうの会」講演するのは不肖、私。

この講座の狙いは、「ふくろう文庫」が既に所蔵——と言うことは、市民から人生の節目を記念して出してもらったお金で購入して得た本と言う意味.——している美術書を使って、美術の楽しさを市民に味わってもらおうと言うもの....で第一回は7月と言うことで、「七夕と北斎の謎」。この「北斎の謎」とは如何なる意味か?と言うと、北斎の肉筆画に「西瓜図」と題する、1839年代の画があって、これ題名通り、「西瓜」の画で、それも半分割にした西瓜の上に、和紙が、乾き防止に置かれ、その上に包丁が横たえられ、背後には縄にかけられたむかれた西瓜の皮が、あたかも蛇がぶらさがった如くに、ねじられて引っかかり、それは西瓜の色の残った部分とそうではない部分と、つまりは紅白ダンダラ模様となっていて・・・・と言う画で、見た所、何の変哲もない画なのだ。

だから、この画は従来ずっと単なる静物画と見做されていて、解説者もその立場から、今にして思えば、愚にもつかぬ解説をほどこして来たのだったが・・・・ ところがどっこい、この画には大いなる謎が秘められていて・・・・

さて、この話題をとりあげるに当たって、先づたよったのが、全13巻の「皇室の至宝」の(2)御物、絵画II/¥13,000 この本に原寸大の「西瓜図」がのっている。この画を見せたあと、この画の謎を解くためのヒントとなる、もう一枚の画を話を聞くものに示さねばならぬ。それは、勝川春草筆「婦女風俗十二ヶ月図」の「七月」の部分だ.春草(しゅんそう)は晩年肉筆美人画に力をそそいだ浮世絵師で、「春宵一刻価千金」の名句にな ぞらえて、その作品は「春草一幅価千金」とわれた程の人気絵師で、この作品はMOA美術館蔵で尚かつ重要文化財だ。

おっと忘れた。前記北斎の「西瓜図」は、ナント宮内庁三の丸尚蔵館蔵だ。画にこめられた謎も気になるが、庶民のみが愛好するとされた浮世絵が、何故やんごとなき上にもやんごとない天皇の所にあるのか?

この「春草」の「七夕図」を原寸大で見るためには、「浮世絵大系 全12巻+別巻5」の(3)春草/集英社刊/¥4,300にたよらねばならぬ。そしてこの謎を解くには宮中に伝わる或る儀式がヒントとなるのだが、その儀式が民間に伝わった結果を描いた2つの画があって、その(1)は歌川広重描く所の「名所江戸百景 市中繁栄七夕祭図」。この画も原寸大のものが「浮世絵大系」の(12)「名所江戸百系」(二)にある。

その(2)はこれ又、MOA美術館蔵の奥村政信描く「七夕祭図」で、これを見るためには、京都書院刊 全12巻の「続・日本の意匠、又様の歳時記(12)年中行事」¥18,000がある。上にのせた画がそれだ。これも「ふくろう文庫」に最近収まった。

北斎の画の謎については、その謎解きをここではあえて書かない。書きたいのは・・・・この謎を理解するために、図版として上述の4枚の画が先づ必要だと言うこと。そして、その4枚が原寸大として収まった画集が「ふくろう文庫」にあると言うことなのだ。「西瓜図」を見ようとして、宮内庁に行っても始まらぬ。おいそれと見れる筈がない。春草の画と、政信の画を見ようとして熱海のMOA美術館に迄足を運んだとしても、運良く見ることがかなうとは限らない。
それが画集に収められ、それを所蔵することで、原物と全く変わらぬものを目にすることが出来る。この4種の絵のみならず他の色々な画についても同じことが言えるのだ。

今、「ふくろう文庫」は3,400冊を超えた。それらに収められた原色の、時によっては原寸大の画を見ることによって、我々は世界の美術館をめぐると同様(とあえて言うが)の体験を得ることが出来るのだ。メガネの広告に出てくるナントカ言う名の手品師の真似をする訳じゃないが「ふくろう文庫って、スゴイデショ!!」

もう一つつけ足したいことがある。私は「七夕と北斎の謎」の講演の日、自宅の本棚からとり出した本を会場に32冊持っていった。このテーマについて話すに必要な本だ、しかも、どれも図書館にはない本だ。

中で一番古い本は、昭和18年11月発行の後藤末雄/ゴンクールと日本美術/北光書房刊/4円80銭

一番新しいのは中野三敏著「写楽1 /中公新書/¥760+税で2007年2月の発行、この本は、由良哲次なるドイツ哲学者がかつて唱えた写楽=北斎説を否定するための論として、北斎の謎の最後に提示する必要があったのだ。

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言う迄もないが、この32冊で北斎が事済むと言うのではない、この日、2時間しゃべるために、最低これ位の本は読んでおかねばならぬと言う意味での32冊だ。さてこの本は全部でいくらするか?最初の4円80銭のものはのぞき、しかも昭和20年代の250円と言った本が今古本でいくらに値上がりしているかと言うことは省いて31冊の元値の総額は¥76,000強だった。お金のことなぞナンテみみっちい話をしているのか...と貴方はこの話を受け取るだろうか。そうだとしたらそれは大間違いだ。私があえて本代まであげてい言いたいことは、知識を得るためにはお金がかかるのだと言うこと、単純に計算しても図書館になくて私が持参した本は¥76,000強「ふくろう文庫」にあった4冊の画集の計は¥39,600,北斎の「西瓜図」に関してまあざっと12万弱の本代が要るのである。品のない言い方だが、知識は只ではない事を知っていただきたい

所で、苫小牧の墨谷さんから道立函館美術館で「劉生展」を観て来た、装幀画、挿絵etcとすごかったと知らせが来た。今の所風邪引いて行けぬ私としては負け惜しみで言うのだが「ふくろう文庫」には既に劉生は3種揃っているあと2点狙っているものがあるが、それはカクトクしてからのお楽しみ。「ふくろう文庫」」ってすごいでしょう墨谷さんと言ったら彼女の返事は「おみそれしました」だった。


  1. 中野三敏.写楽.中公新書(2007) []

第261回 図録は買うべし!読むべし!

`07.6月19寄稿

先ず左の記事を読んでいただきたい。この年1月25.26の日程で、市立室蘭図書館を会場にして、開かれた「胆振管内図書館協議会」での私の講演について触れたものだ。記者はこの時が初対面で以後長い付き合いとなった鈴木勝利さん。

講演の日は随分と寒い日で,,,それでも図書館以外の人達、鉄ん子文庫やら、蘭の会(だったかな)の人達も来て呉れて賑やかだった。 続きを読む 第261回 図録は買うべし!読むべし!

第294回 道立美術館シャガール展

`10.3月寄稿

「ふくろう文庫ワンコイン美術講座」なるものを続けて来て、先日第15回目を終えた。昨年9月頃には「松前の応挙」と言われる「蠣崎波響(かきざきはきょう)」を取り上げたので、それを記念に「波響」の作品をみるべく函館は船見町の「高竜寺」へ出かけようと計画したが、所蔵する波響の作品は、四月でなければ公開しないとのことなので、「では、それ迄」と延ばすことにして、今回は講義したばかりの「山下りん」の作品を見ようと、バスを仕立てて34人で出かけた。 続きを読む 第294回 道立美術館シャガール展

第242回 「月」を取り巻く文学と絵巻

`05.9月寄稿

今はなくなったようだが、昔は鳥黐(とりもち)と言うのがあった。これ、モチノキだのクロガネモチだのの樹皮から採ったネバネバ状の、まあ、さしずめガムみたいなもので、これを細い竿の先に付けて、鳥やら虫に差し出して、くっつけて捕る。私は昭和20年代後半、中学3年の時に、同級生に秋田君なる小鳥好きがいて、後にくっついて早朝測量山に出かけて、このとりもちやら霞網(かすみあみ=目に見えぬ位の細い糸で作った網)を使って、ヒワなどを捕らえたことがある。秋田君がいなければこの経験はできなかったろう。 続きを読む 第242回 「月」を取り巻く文学と絵巻

第245回 絵巻を読み解く

`05.12月寄稿

諸君は既にご存じかと思うが、過ぐる10月26日から31日迄の1週間、中島の丸井店で、「丸井支援ふくろう文庫」特別展を開いた。おこがましいことだが、「ふくろう文庫の」の善本・美本をお客さんに見てもらうことで、丸井の集客にもつなげようとの思いからだった。私は「図書館サービスに期待する会」の安藤さんと、毎日9:00〜19:00迄会場に張り付いた。その結果は下の「道新」記者・上野香織さんのまとめた通りで、実に6006人が「ふくろう文庫」を見に来てくれたのだ。中には、白老の人だが期間中毎日来てくれた人もいる。市議会議員で3日間続けて来た人もいる。...てな訳で、そんな反響の一つは最後に載っけた「民報」の紙面の如しだ。












さて、今回の出品の大きな柱の一つとして絵巻物を20数点出した。とは言っても、いざ広げてみると仲々どうして簡単には行かぬ。と言うのも、会場のテーブル配置の按配で、帯に短に短しタスキに長しで、巻きを途中で止めて全部開陳出来なかった物も数本ある。これらは図書館でも広げ得る物ではないから、全面的お目見えはいずれ又の機会を待ってもらうしかない。そんな殺生な!!と言われてもこれは仕方がない。

絵巻物が簡単に見ることが出来ぬのは、当館が不親切だからと言う訳ではないことを知ってもらわねばならぬ。

例えば、武者小路譲はその著「絵巻の歴史」(吉川弘文館)の中で、絵巻研究のむずかしさを嘆いた後でこう述べる「〜まず研究対象の絵巻の全巻を手に取ってみることは簡単にはできない。博物館のケースのなかに広げられている一部だけを見るのがやっとのことである」。そして更にこう加える。「さいわいこのごろは有名作品はすぐれた複製があり、絵巻全集のような使いやすい図版もふえているので〜」。

絵巻全集の中で一番いいのはどれか...主だったものとして今迄、① 「新修に本絵巻物全集」全30巻(角川書店1975)。②「日本絵巻物大成」正続47巻(中央公論社)③「日本の絵巻』正続47巻(中央公論社)の三種が出ているが、一番いいのは③であると言うのは③は、縦35㎝と言う大版の本で全てカラーだからだ。この全集は大方の図書館(そう言う当館にも)あるので是非手に取ってみるべし。

さてその前に、「絵巻」とは何だ、と言う根本的なことを知りたい向きに勧める本は?と言うと...。「絵画資料』の分析で知られた黒田日出男は、絵巻についてのまとまった知識を得たいと思ったら....とて次の5冊をあげる。イ)奥平秀雄/絵巻物(日本の美術②)/至文堂/1966

ロ)秋山光和/絵巻物(ブック・オブ・ブックス、日本の美術⑩/小学館/1975

ハ)奥平秀雄/絵巻物再見/角川書店〜1987

ニ)武者小路譲/絵巻の歴史/吉川弘文館/1990

ホ)高畑勳/十二世紀のアニメーション/徳間書店/1999

この中で黒田は、5冊共「〜それぞれ特色のある本だが〜」として「わたしとしては」とて、イ・ロ・ハの3冊の熟読をすすめる。しかし残念無念、この三冊はいずれも絶版で、ハ)なぞは古本でも結構値が上がっている。

値上がりしていると言えば、やはり黒田が現存絵巻の全貌を知りたいならば、これが便利と勧める、「角川絵巻物総覧』1995は、低下21,000位なのが、古本で75,000の値がついている時がある...と言う代物で、図書館とておいそれと手が出るものではない.当館でも、“そなえ”が悪くてこれは持っていない.恥ずかしい。

では、絵巻に近づきようがないではないか...と心配するやも知れぬが、幸い若杉と榊原の2冊が出た。但し若杉の本は「美術館へ行こう1 」シリーズだが、先述した如く美術館へ行ったとて、見られるとは限らないことは改めて念のため。「絵巻の見かた2

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絵巻のおおよそがわかったところで、図書館にたよらず自前の本で楽しみたいと思う読者のために、その④にあげた本がある。これは先述の「日本絵巻」のコンパクト版だ。だが10冊しか出ていないのがと言う所。

ここには、その10冊の中から「吉備大臣入唐絵巻3 」を出したが、この現物はボストン美術館にある...のはいいのだが、保存のため公開されていない.公開されていないと言っても、コネがああれば見せてくれるんじゃないの?と言ってもダメ。なにしろ研究者にすら見せてくれないのです。

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そこで又々黒田日出男だが、この学者はボストン美術館にナントしても公開して欲しい.ダメなら写真(デジタル化)でもいいから復元版を出して欲しいと呼びかけている。そしてこの黒田が現状では、この絵巻を見るにはこの本が一番いいと勧める「ボストン美術館・日本絵画名品展(特別図録)4」なる,1人で持つには一寸重た過ぎる本が「ふくろう文庫」にあるのだだけど、先日丸井で出した所、指をナメナメ見る人が続いて、あわててビニールでカバーをしたのだった。

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美術本を手軽に見ることが出来ないのは、ひとえにお客さんのマナーが原因で、つまりは自業自得だと言うと怒られるかしらん。

  1. 若杉幸治.美術館へ行こう絵巻を有読み解く。新潮社(2003) []
  2. 榊原悟.絵巻の見かた.東京美術(2004) []
  3. 黒田日出男.吉備大臣入唐絵巻.小学館(2005) []
  4. ボストン美術館.日本絵画名品展(特別図録.日本テレビ放送網 (1984) []