第141回 スパイ・隠密

`99.1.29寄稿

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小此木真二郎(おこのぎ しんじろう)の「フレームアップ−アメリカをゆるがした四大事件−1 」は、岩波新書の一冊として、1983年に出た。いい本だった。

frame−up(フレームアップ)とは、事件や犯人をでっちあげることで、「3人の獄死者を出した横浜事件は拷問によるフレームアップとして有名だ」(朝日’83)と言った具合に使う。 続きを読む 第141回 スパイ・隠密

  1. 小此木真二郎.フレームアップ−アメリカをゆるがした四大事件.岩波新書(1983) []

第140回  史実と真贋

`99.1.13寄稿

高野長英は、江戸にかくれ住んでいた時、例えば冬、落葉、枯葉を家のまわりに敷きつめて、捕っ手が迫った時にも、そのカサコソを踏まれる音で危険を察知出来るような工夫をしていた、・・・・・・ と、私が二昔も前に読んだ「高野長英伝」に書いてあった。然くし、実際に十手捕縄にかこまれた長英は、逃げる間もなく・・・ となると決然と自殺、つまり自刃(じじん=刀で自決すること)して果てた。 ・・・・と言うのが、今迄の長英の最後だった。何と壮烈な最後だろう!!  続きを読む 第140回  史実と真贋

第139回 画家本と美しい本 

`98.12.17寄稿

今回は、下の「本の話」(1995年4月10日月曜日、室蘭民報朝刊)から読んでいただきたいのです。

本の話☆−167/山下敏明司書

最美の画家本「大鴉」

埼玉県草加市にある独協大学の図書館で、昨年十月末に、わずか十点余りの書物で構成された、「マラルメとフランス象徴派」なる展示会が開かれました。

ステファーヌ・マラルメは、「音楽的旋律に富む魅惑的な詩を作った」(広辞苑)十九世紀の詩人で、「半獣神の午後」「骰子一擲」などが代表作です。また、「音楽的、暗示的な直接つかみにくい内容を表現する」(広辞苑)のが象徴詩で、この種の詩を物する一派が「象徴派」なわけです。首唱者のマラルメの他には、ボードレール、ヴェルレーヌ、ランボーがいますし、日本では蒲原有明や荻原朔太郎が同流です。

先の展示会に出品された本は、いずれも蔵書家として知られた、仏文学の泰斗、故鈴木信太郎東大教授の所蔵になるものでした。東京は外神田、佐久間町の米河岸の米問屋に生まれ育った鈴木は、豊かな財力を背景に数々の稀本を蒐めました。鈴木の息で、同じく仏文学者の道彦によると、鈴木家は、埼玉県の現庄和町に、七、八十町歩の農地を持っていた地主で、宅地も約三千坪もあった由。

その一隅に現存する一族の墓地にある鈴木家最初の墓石の年代は、元禄十六年(一七〇三年)、すなわちかの赤穂浪士が切腹した年だと言うのですから、もって米問屋としての同家の、連綿たる繁栄振りがわかろうと言うものですが、この資力と鈴木の学識とが相俟って生まれた数多の蔵書は、知るだに、まこと、我国において、無類のコレクションとなったのでした。

さて、展示された書物の中の白眉と言うべきは、米国の詩人、E・A・ポオ原作、マラルメ訳、それに印象派の画家、E・マネの画が入った詩集、「大鴉 (E・A・ポオ原作、マラルメ訳、一八七五年刊)」です。

鈴木は、この詩集について、随筆集「文学外道」所収の「本、本、本」で、「献辞のある、最も楽しい私蔵本は、マラルメ訳のポオ”大鴉”である。(マラルメは)ポオをしっかり読もうと思って、英語を修めたという位であるから、この翻訳は永年の苦心の結晶であった。そしてまた、刊行された本そのものが、当時は勿論、其後今日に至るまで、ほとんど比類のない豪奢な書籍だったのである」と書いています。

それは、「十頁ほどの薄い小冊子である。覆いの厚地の背は牡丹色、表裏は薄鼠色で文字なく、横側が紐で結ばれる。〜和蘭陀特漉の紙に、偶数頁には原詩、奇数頁には訳詞が、見開きに美しく印刷されている。中には別紙に四枚の挿絵〜マネエの墨絵である。奥付の頁にはマラルメの自署と並んで、マネエも署名している〜」という豪奢振りです。

鈴木には、この本が真に愛書だったようで、随筆集「記憶の蜃気楼」の中の「贅沢本の話」でも、「二百四十部の極美な大冊で、マネエが支那墨でかいた画が数葉入り〜恰も十九世紀の三大芸術家が協力して初めて出来上がったという感じのする本〜」と書いています。

この種の本は、挿絵本の分野でも、特に「画家本」と呼ばれるもので、十九世紀初頭に石版術が発明されて、画家自身が紙にデッサンすると同様、石にデッサンすることが可能になって、初めて出現した本です。ちなみに最初の画家本はドラクロウの挿絵によるゲーテの「ファウスト」でした。

「大鴉」は、版画四枚、カバーにも小さな石版画一枚、蔵書票の上には別の石版画一枚が入った六十×四十センチの大型美本で、画家本の歴史上、最美の一冊なのです。この天下の美書、如上の文章によって想像していただくとして、代わりに、架蔵の本邦版「大鴉1」をお目にかけましょう。

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昭和二十四年、長野の冬至書房の刊で、学歴詩人の日夏耿之介訳、三百部限定本(の八拾六番)で、月明紙を用いた典雅な一冊です。

・・・・・・読み終えたでしょうか。このマラルメの「大鴉」が生まれる迄のいきさつを丹念に調べた面白い本が出ました今迄にも「パリの詩・マネとマラルメ 2 」(筑摩書房)や「マラルメの火曜会3

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(丸善ライブラリー)を書いている、マラルメの専門家、」柏倉康夫の本です。

前半は、と言うより前2/3程は、マラメルと挿絵を担当した画家マネと、この本を出版することになったレスクリードの3人がやりとりした手紙で成り立っています。その間に、作家、画家の仲間、本の宣伝をたのまれる批評家などの手紙がまじります。

レスクリードは、結局、倒産してしまいます。今日では稀覯本(きこうぼん)の最たるものであるこの傑作が、まるで売れなかったからです。

難解なマラルメの詩を読むのとは違って明快で面白い。

さて、1998年もあとわずかで終わります。自分にとって、この1年は、どんな年であったかな? と、人並みに1年を振り返ろうとした矢先、今年1年の世相を漢字一字で表現すれば何となるか・・・・ との設問の結果、「毒」の字が選ばれ、京都の清水寺の森清範なる一番偉い坊さんが和紙に大書した・・・ とのニュースが新聞に出ました。このアンケートは、「日本漢字能力検定協会」が、感じの奥深さを知って欲しい・・・ とて、行ったものだそうな。

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それにしても、「毒」とは!! まあ、禍々しい事件ばかりが続いた1年だったからよくぞ言いあてたものよ、と感心していた方が真っ当なのかも知れません。そこでせめて年始年末ばかりは、心おだやかにと念じて、それにふさわしい2冊を選んではみたのですが、「夕暮れ巴水4 」の方は、すすめたい、いや、すすめたくない、だけど仕方ない。矢張りすすめよう・・・ となった本なのです。

川瀬巴水(かわせ はすい)は「昭和の広重」と異名をとった版画家で、鏑木清方(かぶらぎ きよかた)の門下生です。同門の伊藤深水(朝丘雪路の父)は「美人画の深水」と呼ばれ、巴水は「風景画の巴水」と呼ばれた逸材です。

私はこの巴水が大好きですから、この本をすすめたい。だけど、すすめたくない。どうしてか? 巴水の画はこよなく美しい。見れば誰にも良さがわかる。だから、説明はいらない。繰り返しますが、見れば誰でも直ぐに分かる。それなのに、林望が子供の感傷よりも悪い、只々甘いだけのつまらなぬ詩と、解説にもならぬ文章をつけている。これは全く、あらずもがなです。厚顔無恥なことを林望はやったものです。だけど、画だけは見て欲しい。 ・・・のですすめます。あー、いい画だ。

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さて、小沼丹は5  人生の醜い所は全てこれを捨て、静かで美しいものだけを取りあげてくる達人です。読めば、心豊かに心静かになること間違いなし!! 6

今年1年間の御愛読、多謝。皆様もお元気で。

’98.12.17.(木)

  1. 日夏耿之介.大鴉.冬至書房(1949) []
  2. 柏倉康夫,パリの詩・マネとマラルメ.筑摩書房(1982) []
  3. 柏倉康夫.マラルメの火曜会.丸善ライブラリー(1994) []
  4. 林望夕暮れ巴水講談社(1998) []
  5. 小沼丹.村のエトランジェ.講談社(2009) []
  6. 小沼丹.小沼丹全集.未知谷(2005) []

第138回  皇帝と白楽天

`98.12.1寄稿

「日、中、仏、米、の4カ国が総力を結集。全世界待望、今世紀最大最後の映画ロマンついに!」・・・・と大評判の「始皇帝暗殺」を観て来ました。

かくうのじんぶつ、ちょうひめにふんするしゅえんじょゆう「鞏俐.コン,リー」のあでやかなこと、おどろくばかりです。「美人は3日見ればあきる」・・・など、この美人にはあてはまる言葉ではありません。「紅いコーリャン」のデビュー以来、魅せられるばかりです。

美人はさておき、始皇帝について、知識をまとめておこうとするなら、「兵馬備と始皇帝1 」がいい本です。

始皇帝の生涯と事跡がスンナリと頭に入る仕掛けに出来上がっている本です。

映画を先に観てからこの本を読むと創られたものと歴史上の事実との違いがはっきりとわかって、小むずかしい歴史書の面白くなさが逆にわかる、と言うものです。

東大の心療内科が開発した「交流分析理論」なるものによると、始皇帝は「自己愛人格障害」と診断されて、「病的」な部分が多い人間だった、と判断せざるを得ないそうな。

さて、中国と言うと、テレビの「何でもお宝鑑定団」とか言う番組で、「長恨歌」絵巻が話題をよんだとか??

聞いた話では、金沢は、前田家(大名)の筋から出たもので1,000万円だったとか。

因に「長恨歌」(ちょうごんか)とは、唐の玄宗(げんそう)皇帝が、楊貴妃をなくした怨恨の情を述べたもので、唐の詩人、白楽天による叙事詩です。

美人、それも色香で城や国を傾け滅ぼすほどなものを「傾城(けいせい)の美女」と言いますが、楊貴妃が正しくこれで、玄宗は彼女にメロメロになって、国を治めるのを怠り、国を滅ぼしてしまうのです。

この玄宗の恨みを詠った白楽天の詩2 を、武部利男の「ぜんぶかながき」の卓抜(たくばつ=普通の人には真似が出来ない程すぐれている)な翻訳を読んでみませんか。

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前野直琳の訳によると、

「漢の帝(みかど)は色ごのみ 絶世の美人が得たいものとしろしめす御代(みよ)の年ごとに探したけれどみつからぬ」

これが、武部の手にかかると、「カンのみかどはいろごのみ、すごいびじんをもとめてた てんしになってひさしいが てんかにびじんはいなかった」となります。楊貴妃の美しさは、「ひとみをめぐらしほほえむと なまめかしさがみちあふれ きゅうでんじゅうの おんなども おしろい まゆずみ いろあせた」だった由。白楽天が一度に身近かになります。

ついでにアーサー・ウェーリーの名著「白楽天3 」もどうぞ。

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この名著を訳した花房英樹にも、「白楽天」(清水書院・人と思想シリーズ)なる評伝がありますが、これは啓蒙的なこのシリーズに入れられたものにしては、書きっぷりがいささかむずかしい。

さて、最後は最近読んだもので一番面白かった本。

それは、田中善信の「芭蕉、二つの顔4 」です.

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なにしろ、この本、おどろかされることばかり、例えば、伊賀上野から江戸に出た「俳聖」芭蕉は、ナント、神田上水の水の浚渫(しゅんせつ=泥さらい)工事の請負をしていた、そして妾(めかけ)としていた、女と・・・・

このあとは書くことが出来ません。この推理小説的に面白い本の種あかしをする訳にはいかないからです。

気になる方はどうぞ、どうぞ一読を!!

98,12,1(火)

  1. 今泉恂之介.兵馬備と始皇帝.新潮社(1995) []
  2. 武部利男.白楽天詩集.平凡社(1998) []
  3. アーサー・ウェーリー.白楽天.みすず書房; 新装版版(2003) []
  4. 田中善信.芭蕉、二つの顔講談社(1998) []

第137回 岡倉天心とめぐる人々

`98.11.16寄稿

毎週火曜日に、市立図書館の1階又は2階のカードボックスの上に、ボランティアで、鮮やかな花々を生けて呉れている佐坂美子さんが、先日、札幌まで行って来た、と、道立美術館で、昨、11月15日まで開かれていた「日本美術院創立百周年記念展」の図録を見せて呉れました。

200ページ余の大册を開いてみると、私の好きな、横山大観の「屈原」(くつげん)菱田春草(しゅんそう)の「黒き猫」、前田青邸(せいそん)の「唐獅子」などが出品されています。 続きを読む 第137回 岡倉天心とめぐる人々